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落下の解剖学のkeecoliquoriceのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

録音された音声、という〝事実〟はあるけれども、何かをなぐったような音、ガラス的なものが砕ける音、それらは誰がどうしたのか、は今生きてるほうの当人の、嘘か本当かは分からない証言と、いない人の声から〝察する推測〟だけ。聞いた触ったつもりの記憶も、何度も聞かれると記憶違いだった気がすると発言者は証言をくつがえす。

そして、遺体と血痕という物証ははあるものの、その光景を引き起こした〝可能性〟は複数あり、

とにかく何一つ決定的な証拠がなくて、裁判は、推測、憶測、想像だけで進んでいく。

被疑者、検察、弁護、証人、それぞれの言い分に、私は、私情を入れるなよといきどおったり、いやそうかもね、と妙に納得したりもしつつ、翻弄される、でもないんだけど、決め手に届かないところにいるまま集中させられた。

終映後、ああだよね、こうだよね、でもさ、あー、と、一緒に観た友人と話は尽きず、駅についたのでひとまず「じゃあの音と録音の前後の状況を実際に見てたのって、犬だけ?」と、

最後、被疑者女性に寄り添う犬に、いっきに関心が行ったが、でも犬くんにしてみれば、彼女に寄り添ったわけではなく、いつもの場所に行っただけ、なのかも。と、また逆戻り。
「これは終わらないね!」
よくぞこんな、複雑な個人個人の心理を細部から積み上げて互いに絡ませていけたものだと、ためいき。

被疑者女性は事実と創作を融合した物語を書く作家で、その夫は書けなくなった作家、それは息子が事故で視力を失ったことへのショックと自責の念、そのことをとっかかりにそれぞれが持つコンプレックスや才能、女性はドイツ人で夫はフランス人、家庭では2人の共通言語として英語で話す。息子は英語を理解するが話す時はフランス語だったり。文化、社会、生活、ジェンダー、もうあらゆる関係性が複雑に織りあわさってて、どこからどう進もうとしても別の方向が現れて…😵‍💫

決定的だなと思わせられそうになっても実は我々観客も見てないんだよね、というところから、「淵に立つ」の、倒れた幼女の横に立つ浅野忠信の姿を思い出し、「淵に立つ」もまた見たくなったねとそれぞれの帰途についた。
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