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グランツーリスモのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

グランツーリスモ(2023年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

車が好きなイギリス人の青年ヤン・マーデンボローは、大学にも行かずゲームの「グランツーリスモ」に熱中する毎日を送っていた。父から進路のことで毎日苦言を呈されていたある日、日産が主催するレーシングドライバー養成プログラム「GTアカデミー」への誘いが送られてくる…。

仕事に忙殺される私は、疲れて普段はゲームなどしないが「グランツーリスモ」の名前くらいは知っていた。
「第9地区」などSFの秀作を手掛けたニール・ブロムカンプ監督の新作という情報と題名から、てっきり仮装空間に青春をぶつけるeスポーツの話だと思い込みスルーしていたが、劇場の大音響で見なかったことを大きく後悔。
本物のレースの話で、サーキットの臨場感たっぷりだ。
「事実は小説より奇なり」と良く言われるが、こんな実話があったとは驚きだ。
友情、努力に挫折と栄光…。
熱い青春サクセス・ストーリーの秀作である。

「ゲームプレイヤーを本物のカーレーサーに育成する」という発想がまず奇想天外だ。
「ゲームの世界と現実は違う!」と誰もが思う。
レース中の加速やコーナリングのGや振動に耐えうる体力、レース中のプレッシャーや集中力の継続、接触の衝撃、事故を起こした時のメンタルetc…。
部屋の中で何の障害もないゲーマーが本物のレーサーになれる訳ないだろ!レース舐めんなよ!…と車を実際に運転したことがある人間なら誰でも思う。
ところがそのレーサーとして不足する部分を、我が国の日産がアカデミーを設立して鍛え、全面サポート&バックアップしようというのだ。

長髪にヨレヨレの服装で見るからに胡散臭い日産のマーケティング担当ダニー・ムーアが発案するものだから「もしかして、コイツ詐欺師じゃないか?」と疑わしくなる。
だが、そもそも「グランツーリスモ」自体がただのゲームではなく、実際のレースカーのセッティングや実際のコース、天候や路面のコンディションを再現したシュミレーターだと、クリエイター山内一典が真剣に語るものだから信憑性と可能性が見えてくる。
コースを熟知したゲーマー次第では本当にレーサーになれるかもしれないというから驚きだ。
ゲーマーにとっては、まさに夢のような話だろう。
GTアカデミーの訓練を経て最後の一人となった者には、日産のレーシングチームと契約する権利が与えられるのだ。

子どもの頃からレーサーに憧れていたヤンは見事最終予選のゲームを突破し、世界で10人しかいないGTアカデミーの候補生となる。
GTアカデミーでヤンたちゲーマーを迎えたのは、ダニーがチーフ・エンジニアとして雇ったジャック・ソルター。
アナログ世代の元レーサーであるジャックのしごきで、アカデミーの生徒はたちまち半分になってしまう。
そこには日本の学校のような「ゆとり」や「落ちこぼれゼロ」の優しさはない。
バーチャルな世界にいたゲーマーにとっては、まるで社会に出た時の厳しさと理不尽の洗礼は、このコンプライアンスで縛られた現代において、ある意味痛快だ。
「本物のレース舐めんなよ!」という叩き上げのプロの気概が見えるのだ。

当初は期待されていなかったヤンだったが、最後の試験であるレースでライバルたちを下し、見事に優勝する。
努力を続けたヤンには、元サッカー選手で進路のことで毎日苦言を呈していた父スティーブを見返したい、これがチャンスなのだ、という思いがある。
夢に賭ける青春の純粋さがあるのが良い。
スポーツ根性モノに近い物語の構図だ。

アカデミーの代表となったヤンは、日産と契約するための最後試練である、ライセンス取得のために国際レースに挑戦する。
初戦は最下位、次はリタイアなど惨憺たる結果だったが、徐々に戦績を上げていき、最後のレースで4位に入賞。
ライセンスを獲得し、日産と契約する。
ライバルとの切磋琢磨と努力の末に成果を上げ、本当にレーサーになった!というだけでも一本の映画として成立するが、物語は終わらない。
何せ、大金が掛かった巨大プロジェクト。
若者に夢を与えただけでは元は取れない。
日産の車の性能を世界に存分にアピールして貰わねばならないのだ。

莫大な契約金を獲得し、順風満帆のヤンだったが、坂道で車体が浮き上がる大事故を起こし、観客を巻き込んでしまう。
人生良いことばかりではないと、挫折もキッチリと描かれる。
「それ見たことか!調子に乗るからだ!やっぱり上手くいく訳がない」と思う人もいるだろう。
そこで意気消沈してキッチリ反省して傷つくヤンは純粋だ。

ジャックは自身の経験をヤンに語り、乗り越えるには、レーサーとして結果を残すしかないと励ます。
前半は仲間との切磋琢磨が、後半は師弟愛にと変化する。
厳しくも優しい経験者、つまり良き指導者(または良き上司)に恵まれ、青年は自分を支えてくれる人間の有り難みを知るのだ。
挫折を乗り越えて、ヤンに逞しく成長してほしいと願わずにはいられない。

ヤンの事故によってGTアカデミーの存続も危うくなり、汚名返上のため日産はル・マン24時間耐久レースに挑む。
アカデミーで鎬を削った仲間をドライバーに招き、チームを編成。

他チームのクラッシュで蘇るヤンのトラウマ、集中力を消耗する雨天走行やライバルチームのダーティな妨害、ピットでのトラブル…。
ラスト20分はこれまでの集大成のレースとなっているのが熱い。
同時にそれまでの足跡や苦労を伏線回収するように挿入する演出が見事。

個人的にはヤンとジャックの繋がりを音楽で表したシーンがお気に入りだ。
事故を目撃したヤンが恐怖すれば、平常心を取り戻すため、ヤンがレース前に聞くKenny G のSongbirdをジャックがインカムで流し、「今はレース中だ!目を覚ませ!」と奮い立たせる。
そして、ピットでトラブルが起き、順位を下げてからヤンの猛追で音楽は、ジャックが敬愛するBlack SabbathのParanoidだ。
「人は俺を変人扱いする、いつも塞ぎ込んでいるから。一日中、ずっと悩んでいる、でもマトモな答えは見つからない」と、いう歌詞が奇しくも常識破りのスピードに挑戦するアドレナリン・ジャンキーであるレースドライバーの心情と過酷なレースに挑む新旧ドライバーの2人の孤独感を繋ぎ、胸が熱くなる。
劇中、カセットテープのウォークマンを愛用するジャックにポータブルプレイヤーをプレゼントするヤンの師弟愛と重なり、ジェネレーションギャップを音楽が埋め、心意気を繋ぐのだ。

そこからのごぼう抜きは、父を見返すためだけではなく、ジャックやチームなどヤンを支えた人々へ入賞をプレゼントするのがヤンのモチベーションとなる。
その時、ヤンの車が突然CGでバラバラとなり、自宅でゲームしている回想と重なる。
「ラインを読め」とヤンの背後からアドバイスする父の姿を思い出すヤン。
僅かなカットだが陰ながら応援してくれた父の愛に報いたいというヤンの誓いを感じる名演出にもなっている。

最終ラップでライバルの妨害に苦戦するも、僅かな差で3位入賞を果たしたヤン。
アマチュアなゲーマーであっても努力次第で表彰台に立てることを証明したヤンを、ジャック、ダニー、父と母、そして仲間たちと、彼を信じて支えた全ての人々が祝福する。
「事実は小説より奇なり」から「瓢箪から駒」となる奇跡のハッピーエンドだ。

エンドロールに現実のヤンの画像と「グランツーリスモ」開発の様子が被り「これは本当に現実にあった物語です」と物語る。
仮想現実も極めれば本当に現実になるなんて…。

本作の奇跡は、現実に打ちのめされそうだが、人に負けない何か得意な物があるんだと、くすぶっている多くの若者には大きな希望となるだろう。

ダニー役のオーランド・ブルームが大風呂敷を広げる胡散臭さも面白くて良いが、何と言ってもジャック役のデヴィッド・ハーバーが良い。
酸いも甘いも噛み分けた経験値の高い人間であり、自分の夢はとうに破れたが、若者に押し付けるわけでもない。
決定権を与えた上で、共に高みを目指して厳しく指導する良き指導者を演じている。

それに応えるヤン役のアーチー・マデエクェも、意志の強さを感じる眼力の強さが良い。
惜しいと思うのは、ヤンの成功の妨げとなる強力なライバル(敵)がいなかったことくらいか?
これまでSFの中に社会問題を巧みに取り入れてきたニール・ブロムカンプ監督にとっても新たな可能性を広げ、かつ会心の出来栄えとなっている。

意外にもeスポーツから生まれた、王道のスポーツ根性もの。
熱い青春サクセス・ストーリーの秀作である。
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