ぐるぐるシュルツ

哀れなるものたちのぐるぐるシュルツのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.6
哀れむ為の時間じゃないね。
慈しむために時を進んでいく。
気づかせてくれたのは、君を傷つけたものたち。
ありがとう。
私からも、ありがとう。

〜〜〜

久々にとっても胸が一杯になって、
素敵な映画を見たなぁ、って興奮して嬉しかった。

音楽は調がズレた四音の繰り返し、 
映像はモノクロのおもちゃみたいに始まる。

でも、ベラが世界を学んでいくに連れて、
ずっと同じ四音なのに徐々に和音に、
そして重奏になっていき、
映像はもっとカラフルに繊細に
鮮明になっていく。
そして、
辿り着くラストシーンの
完璧なオーケストレーション。

〜〜〜

序盤に寝床でゴッドから両親の死を告げられるベラ。
ベラが思わず出した言葉は
”Poor Bella(可哀想な私)”。

そこから出発して、
自分自身に向けた「哀れみ」=“Poor Bella”を、
残虐な世界や人々に向けた「慈しみ」
=“Poor Things”に変えていく物語。
慈愛への旅路。

でも本当は始めから、眠りかけたベラに対してゴッドが囁く”Poor Dear”って
言葉からしっかり「慈愛」を学んでいたのかも。
(二人目の子との発達の差を、
個人の意思の差のようにゴッドは言っていたけれど、
本当はこの注がれた愛情の差の方が大きいのかなと思ったりもして。)

〜〜〜

中盤の「船編」で言葉と理性を獲得してから、
どんどん面白くなっていく。
シニカルな黒人青年から出された
命題:「残虐な人間=野蛮な獣=怪物」論を、
受け止めきれずに困惑するベラ。

でも実際的な貧困(奇しくもこれもpoor)を
哀れみ嘆いてる暇なんて全然なくて、
やがてその命題は、
彼女自身を取り巻く物事全てにまとわりついてくる。

ゴッドやマックスが行っていた野蛮な実験、
自分の父(元夫)の純度の高い残虐性、
自分の母が胎児である自分をモンスター呼ばわり、
そして意図的に生み出せられてしまった
怪物のような私。

その全てから臆病に目を背けるんじゃなくて、
どうやって立ち向かっていくか。
肉体的/精神的に他人と関わって、
逃げずに見つめて傷ついて傷ついて、
なんとか乗り越えるための答え=慈しみを学んでいく。
(ゴッドの父からの言葉「慈愛を持って切れ」が
あまりにも実直で心に残る)

最後、残虐な元夫が丸々モンスターに置換させれられるのは皮肉たっぷりすぎ。

〜〜〜

全編通して、倫理観や生活感を進化させきらずに19世紀に無理やり科学技術だけを発展させてしまったような歴史SFチックな世界観。
オシャレ章立て。
アメリのようなファンタジックな可愛い演出。
貴種流離譚の冒険物。
時におどろおどろしくて初期のディビットリンチのようで。
ちょっと熱烈ジャンプ描写多いけど、
でも細やかなこだわりにかなり魅入ってしまって、
これを全て作り上げるのはすごいなぁって脱帽。
もっとこの世界観に浸りたかった。

物語自体はアルジャーノン〜のようでもあるけれど、
実はベラ自体が、まさに今世界を急速に学んでいくAIのメタファーなのかなって思ったりもして。
だからこそ、
最後の答えはちゃんと今風に仕上げてくれてる感じでなんだか嬉しい。

Poor の反対はRich?
憐れみの反対は妬み?
慈しみの反対は?
色んな問いも連鎖して湧いてくる。

本当に残虐なことが当たり前に起きちゃう世界だって、この数年で何度も実感させられるけど、
キリスト教的バックグラウンドがない僕らでも、
この「慈しみ」をどうやって学んでいけるのかなって、
身が縮むような、でも、
身を引き締めるようなそんな気持ち。

待ってて世界、待ってよ人生。
こんな自分だって、
まだまだもっと学んでいきたいよ。

〜〜〜

あと普通にエマストーンの成長の演技が凄い。