尾崎きみどり

哀れなるものたちの尾崎きみどりのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.0
主人公ベラを演じるエマ·ストーンの目力が凄い。それに佇むだけで絵になる存在感。各場面での演じ分けも凄い。短期間の間に幼児から思春期を経て大人の女性に成長する過程が見事。彼女無しではこの映画は成り立たなかっただろう。
脇を固める出演者も良い。世界観のおかげで登場人物全員が何処かしら狂っているが、役者の抑制的な演技のおかげで狂気がノイズにならない。
特にベラの父親代わりである博士ゴッドを演じているウィレム・デフォーがいい。作中でゴッドは鼻持ちならない科学至上主義者で、その異形から怪物と呼ばれている。所業もほめられたものはなく、死体損壊やら監禁やら人体実験やら口から泡吹くやらやりたい放題。並の役者では彼に対し生理的嫌悪感を感じるところだろうが、デフォーの品の良さと抑制された感情表現がそれを抑えている。常にベラに対して優しい眼差しを持っていて、好ましい人物であるとさえ感じた。
ベラがまだ世界を上手く認識できない間の画面はモノクロで、ダンカンと連れ立ってからは強烈な外的刺激によって一気にカラーになる。割とよくある演出だけど映画的で好き。けどそこに至る迄の間、徐々にうっすらと色が付いてくる演出も良かった。それがゴッドの助手であるマックスと出会った後からなのがエモい。
旅の途中で沢山の人々に出会って様々な経験し覚醒していく様は、まるで蛹から羽化した美しい蝶のようだった。沢山の砂糖と暴力を浴びた、という表現がとても素敵。
リスボンの街の描写が絵画的でお洒落だった。ただし浮かれている心情を反映してか、わざと作り物くさく作っていた。穏やかで心地よい雰囲気の自分の家とかパリの娼館とかとは対照的。後半では一部分を除いて自然で柔らかい感じに撮っている。それぞれの場面でベラの心情に寄り添った細やかな表現には唸った。
「熱烈ジャンプ」「沢山の砂糖と暴力」といった印象的な言葉が多いこの作品。特に気になったのは、
「確かに彼女を作ったのは我々だが、ハンマーで肉を叩くのは彼女の選択なのだ」
ベラは終盤で家に戻って来るが、人造人間第二号を見て醜悪だと吐き捨てる。その時博士に言われた言葉だ。
恐らくその時点で、ベラは自分だけが人造人間という唯一の存在だと自負すると同時に、どこかで自分を拒否していたのだろう。自分と同じ様な存在で、生きて動いて意思を持っている。そんな第二号の姿は合せ鏡のように自分を客観視させる筈だ。
この言葉で彼女は自身のマイナス面を受け入れる事が出来たのではないか。強烈な個性だけれども不安定な自我が、他人という軸によって安定する。そうして他人を理解しようとする意識が芽生えたのではないだろうか。この言葉が無ければ、ある意味自分を殺そうとした母ヴィクトリアを赦し、彼女の代わりに仇討ちなどできなかっただろう。
上映時間は結構長かったけど楽しく観られた。何か所々に淡々とした演出があって、どっかで観たことのある感じだなあと思ってたら、ロブスターの監督ヨルゴス・ランティモスだったので納得した。
R18+指定なので作中表現にゴアもアダルトも頻繁に出てくるが、過度にスキャンダラスな切り口に陥らない演出は流石。てかまた変な性癖見せてんなこの人。
エンディングがお洒落。ええ感じの音楽とええ感じのアートの組み合わせで永遠に観ていられる。ただ、エンドロールでは役者やスタッフの名前で周辺部を縁取っていたので読みにくいことこの上ない。さらさら紹介する気が無さそうなのは良いのかよ。
全体的に良い映画だった。ただし一つ文句を言うならヤギは可哀想だった。小動物は大切に!
尾崎きみどり

尾崎きみどり