YasujiOshiba

哀れなるものたちのYasujiOshibaのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
-
新宿ピカデリー。24-40。ミハくんと。長いぞと構えていたけど、あっという間にラストシーン。哀れなるものたちとは何のことなのか?Things だからモノだろうけど、それがどんなモノなのか、あの瞳に見つめられながら考える。

ミハくんとオンザロックを舐めながら話していて、はたと気づく。こうじゃないかと言うと、そうだよと言ってもらえた。あれは人類学的で啓蒙的なマシンの眼差し。『甘い生活』のパオリーナの眼差しと同じところに注がれているんだ。そう思ったわけ…

続きはまたいずれ。明日からはマニャーニ祭りの続き(^^)

追記:

- そうか、アレクサンドリアに立ち寄る客船で出会ったマーサという女性。どこかでみた女優さんだと思ったら、ハンナ・シグラじゃないですか。納得。

- 原作があるのね。アラスター・グレイ『哀れなるものたち』(早川書房)。アマゾンでKindle版も手に入るみたいね。

- 昨夜の話。一言で言えば「ビルドゥングスロマン」だよね、とぼく。そうか、なるほど王道じゃないですかとミハくん。日本では「教養小説」だけど、ドイツ語の「Bildung」は「形成」、イタリア語の「formazione」も同じ。意味は「人間を形作ること」。それじゃよくわからないから日本語では「教養」とよやるのだけれど、むしろフランケンシュタインみたいな化け物だって「形成」されるのだ。

- 「尊厳」(dignità)とかもそうだ。これは「〜らしさ」(degno di...)という意味。今でこそ「人間らしさ」と解釈されるけど、もともとは「貴族らしさ」とか「金持ちらしさ」ってことでもある。そういう身分制や血縁による「〜らしさ」(尊厳)だって、そのままでは生まれないから「形成」する必要がある。だからそれにふさわしい「自己形成 Bildung/formazione」が必要になる。

 19世紀なって身分制が壊れてゆくと、それは「人間形成」になるのだけれど、ここに実証主義的な科学万能主義が入り込んでくると、その反発としてフランケンシュタインのようなゴシックホラーが出てくる。フランケンシュタインだって、人造人間の「形成 Bildung/formazione」なのだ。

 いや、フランケンシュタインはモンスターか。人間ではないのか。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。そういえば映画には、ブタとニワトリや犬と鳥のような気持ちの悪い動物も登場してた。ミハくんと、これって『鋼の錬金術師』のキメラだよねと話したんだよね。

 そのキメラって、ぼくの世代にとっては、永井豪の『デビルマン』に登場する悪魔たち。あれがキメラ的なモンスターだった。人間のようで人間ではない存在。だから恐ろしい。恐ろしいけれど、ひとたび次元を超えて、超越的な視座から俯瞰すれば、違ったふうに見えてくる。つまり、ゴドウィン・バクスター(デ・フォー)のように「ゴッド/神」の視点からすれば、彼らは「哀れなるものたち」に見えてくるのだろう。

 恐ろしく気味が悪いことを「アブジェクション abjection」(おぞましさ)という。それって自らの内側から出てきたものを「前に ab- 投げる ject 」ということ。初めから外にあるものは、どこもおぞましくない。自分の内側から出てきたものは「おぞましい」ってことなのだろう。

 本来あるべきところから切り捨てられて、下賤で、卑劣で、おぞましいものとして、捨てられてしまうもの。そう考えれば、かのキメラたちのことが少しわかる。本来あるべきところから切り捨てられてしまったのだから、なるほど「哀れなるものたち」なのだ。

 しかもそれは動物だけではない。動物と人間だって切り捨てて組み上げることができる。ぼくらにとってはどこまでも「おぞましい」けれど、神からすれば「哀れなるもの」。その、神からすれば「哀れなるものたち」って、何のことなのか。ぼくはラストシーンのベッラ・バクスターの瞳の先にいるものこそが、そういう存在なのだと思うのだ。

 ちなみに、彼女を外科的に生み出したゴッドウィン・バクスターは「神が勝つ」(Godwin)という名前だった。そしてベッラは、その神の勝利として生まれた「美しい」(Bella)存在。その眼差しが注がれれる「哀れなるものたち」を、ぼくらはアレクサンドリアという島の最下層に見たが、それだけではない。

 このベッラ(美しい女性)の眼差しは、世界中に「哀れなるものたち」を見出すと、最後の最後に、あのキメラの庭から、スクリーンのこちら側を遠くにながめながめたのではなかったか。

 だからそこにもきっと、あの「哀れなるものたち」がいるはずだと気づくとき、ふと自分の周りの世界を思い浮かべ、たしかにそうだよな、ランティモスくんと、頷かずにはにはいられない。
YasujiOshiba

YasujiOshiba