このレビューはネタバレを含みます
【大地の余白】
久しぶりのロシア映画。2023年のカンヌ映画祭で監督週間に選出され上映された唯一のロシア映画、との前触れ。我が家の二番館、下高井戸シネマの最終日に滑り込めた! 夜の回。30名ほどの鑑賞者か。もっと少ないかと思ってた。
ロシア南西部、コーカサスを舞台に、荒涼とした大地をひた走るキャンピングカー。表情に乏しい16歳の少女と寡黙な父親のロードムービー。錆びた赤いキャンピングカーに上映機材を積んで移動映画館で生計を立てているようだ。
前時代的なロシア辺境の村々の暮らし、その風景からいつの時代の話だ? と思うがコロナ前後、2020年以降の時代設定らしい。確かに、あんな巨大なТорговый центр(ショッピングモール)は、近年のものだしね、後半、チラチラとPCやスマホが映るし、インターネット云々という会話もある。
想像を超える風景を、印象的に切り取っていく映像が見事だ。むしろ、セリフ等に頼らず、映像だけで見せようとしているかのような意図的な演出を感じる。
セリフが少ないし、なにしろ会話になってないやりとりが多い。訊かれたことに応えてない、あるいは、言葉を発しても、相手の聞きたいことはすれ違ったまま。凄すぎる。
唯一、序盤に少女が語った、「海に行きたい」というセリフが、最後の寒々しい海岸線でのシーンに結びつていたくらいか。 むしろ、そこだけ前後が繋がっていたと見せるため、敢えての、途中の会話劇の行き違い様だったのかと思うほどだ。
監督のイリヤ・ボボロツキーはドキュメンタリー出身。手をかけて作り上げた絵面ではなく、ありのままを印象的に切り取る手腕に長けていたように思う(途中、マッド・マックスか!? 砂漠の砂ぼこりの中を疾走する車のシーンも、実に印象的だった)。 北の海辺の廃墟の街並みなど、そんじょそこらのセットでは醸し出せない寂寞とした荒涼感は、実物から産み出されたものという迫力があった。
長回しがお得意? パーンが遠景から思わぬ近景へと移り変わっていくシーンが、何度かあったのが記憶に残る。暗く、陰鬱なトーンの場面が多いが、不思議な郷愁とともに、心に残像として焼き付いている。村を逃げ出し、白樺林の中を疾走する車を横から追いかけたショットも印象的。ありゃ、平行する列車の車窓から撮ったのだろうか?
ウクライナ侵攻前に映像は撮りきっていたようだが、編集、見せ方は、その後の閉塞感、どこにも行けない、はけ口のない鬱積した思いなのかもしれない。
原題の「Блажь」は、辞書を引くと「気まぐれ」とある。あるいは「ばかな考え」とも。第一義の意味とすると、ロードムービーの建付けからして「行き当たりばったり」という意? あるいは未来のない当てのない旅路を続けることの愚かさを「ばかな考え」と表現したか。英語で「grace」(優雅、恵み)としたのは意訳も過ぎる?!
どう捉えるかは受け手次第。セリフで語ることなく、映像から感じ取れと、観る側に、大いなる大地のごとくの余白を投じている作品だ。
P.S. 少女がインスタントカメラ(チェキだろうなあ)で、時折撮っていた、うしろ姿がモチーフの数々の写真、見てみたかった。エンドロールで、それが点描されるのかなと、ちょっと期待したのだけど(笑)