耶馬英彦

私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

4.0
 原題は「La syndicaliste」(直訳=組合活動家)である。邦題は少し気負い過ぎの感があるが、穿った見方かもしれないと思った。誰が正義で誰が悪なのか、誰が真実を話して、誰が嘘を吐いているのか、そこを考えながら観ると、実に奥の深い物語であることが分かる。

 原子力に関する利権は、構造的に日本もフランスも同じだ。原子力ムラのようなものがあり、関係者は利権で潤っている。関係者の中には政府の機関も当然含まれているから、反対する人は、学者でもジャーナリストでも人権を脅かされることになる。
 本作品では、その被害者は労働組合の書記長だ。イザベル・ユペールが颯爽と演じるモーリーン・カーニーは、原子力施設への中国の参入が、世界最大の原発会社アレバ社の5万人の雇用を脅かしていると訴える。そして何者かによる被害を受ける。

 本作品は、あえて曖昧さを残していて、もしかしたらモーリーンが嘘を吐いているかもしれないと思わせるし、逆に、あるいは警察が嘘を吐いているかもしれないと思わせる場面もある。
 もし警察が嘘を吐いているとすれば、現場にDNAも指紋も他の物的証拠も何も残されていない理由が分かる。現場を調査するのは警察で、あったものをなかったことにするのは簡単だ。証拠は捏造するよりも隠滅するほうが遥かに容易である。警察が証拠を隠滅する理由を考えると、戦慄の推測が成り立つ。つまり犯人も警察だということだ。
 モーリーンの自動車からバッグを奪った犯人はバイクに乗っていた。そして取り調べの中心となる憲兵もバイクに乗っている。こいつが犯人だと観客を誘導しているのかもしれない。本当のことがわからないままというのは、いかにも実話がベースの物語である。事実は小説よりも奇なりだ。

 人類はもはや、電気のない生活を送ることが考えられないほど、電気に依存している。マサイ族もスマホで仕事をしているくらいだ。電力の安定供給は人類にとって最も重要な課題のひとつである。原子力発電は効率的かもしれないが、事故の発生や核のごみ処理の問題が解決されていない。国民の安全が第一のドイツが危険な原子力発電から撤退して、再生可能エネルギーにシフトしたのは賢明な選択だと思う。

 アレバ社の労働組合はアレバ社の存続がないと雇用が維持できない訳だが、一方では原発の危険性もよく認識している。モーリーンは組合員の代表の立場を一ミリも崩さないが、内心では原発の将来性について危惧していた面もある。イザベル・ユペールは、この微妙な役柄を微妙なままに演じきった。流石としか言いようがない。
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