「あんずは地面に身を投げ
割れて踏まれる
生まれ変わるために」
痴呆症の女性が目を背けたい現実を見つめ苦悩しながら詩を一篇書き上げていくイ・チャンドン監督のヒューマンドラマ
人生の光と影
滔々と流れる川のように静かに進むストーリー
66歳のミジャ(ユン・ジョンヒ)
反抗期の中3の孫息子ジョンウクと2人暮らし
“会長”と呼ばれる男性の訪問介護を仕事にしていた
言葉が出てこない症状があり病院でアルツハイマーと診断される
ふとしたきっかけで、週に2回、詩の教室に通い始め、小さなノートを手に、美しさを探し書き留めようとするが…
死と詩
人生で一番大事なのは見ること
知りたいと思い理解したくて関心を持ち
話したくて見るのが本物
何でも本当に見れば自然に感じるものがあるはず
外見だけの美しさではない
日常の中の真の美しさ
美しいものだけじゃない
病気、介護、犯罪、貧困、性
痛みや苦しみ
そこに向き合って初めて見えてくるもの
ミジャ役のユン・ジョンヒさん
この方が本当に素晴らしかった
高齢でありながら少女のような純粋さを感じた
本作も重いテーマでありながらサラリと描いている
感情の昂りはほぼなく、音楽もなく、淡々としているのにハラハラさせられ心にドスンとくる
さすがイ・チャンドン監督
美しく残酷
以下ネタバレあり↓
自殺した少女アグネス
死に関わった6人の少年
ジョンウクもそのうちの1人
加害少年の父親たちが集まっているところにミジャが連れて行かれ話し合いとなるが、子供が恐ろしい事件を起こしているにもかかわらず悪びれることなく平然と少年たちの未来と学校のためにと示談金で揉み消そうとする
それどころか亡くなった少女の容姿や家庭を馬鹿にする発言
まるで町内会議くらいの和やかさ
あまりに軽視していてゾッとした
加害少年たちは、アグネスが死んだ後も何も変わらない日常を過ごしている
よく笑えるよな
よく酒なんか飲めるよな
よくご飯が喉通るな
誰も反省しない
誰も死に向き合わない
お洒落が好きなミジャ
TPOに合わせられないのは痴呆症のせいなのか、元々の性分なのか
『シークレット・サンシャイン』のヒロインのように、豊かな生活ではないけど、良く見られたい褒められたいって気持ちがあるのか
人生で一番美しい瞬間を発表していくシーン、幼い頃の姉との思い出を語るミジャに涙が込み上げた
周囲の反応を気にせず話し出したり
空気を読めない言動
畑に行くシーン
黒く日焼けし野良着で働くアグネスの母と対比的な派手なミジャ
場違いな服装とトンチンカンな語りにヒヤヒヤした
その去り際にハッ!と我に返るシーンは凄かった
会長の視線からただならぬものを感じていたけど、やっぱそうなるか…という
老人の性
ミジャのあの表情
私はここが一番見てられなかった
会長に“お金をください”と書いたメモを渡すシーンでミジャの顔が真っ赤になっているのも印象的だった
涙のように悲しくノートを濡らす雨
アグネスの跡を追って行くうちに自分と重ね合わせ、死を覚悟したことでようやく生まれた詩
ミジャが選んだ贖罪
ラストの詩の朗読は圧巻
こちらを見つめる少女
そよぐ風のような
小鳥のさえずりのような
静かな静かなミジャの心の声
残された者たちは耳を傾け現実と向き合ってほしい