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アイアンクローのMASHのレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
5.0
僕の中では今年暫定1位。実在した伝説のプロレス一家であり、同時に「呪われた一家」と呼ばれたフォン・エリック家。彼らの人生を兄弟の内の一人、ケビン(ザック・エフロン)の視点で描いた本作。映画とプロレスという僕の二大趣味を組み合わせた映画ということもあり、ずっと前から楽しみにしていた。そして、その期待を大きく飛び越すほど本当に素晴らしい作品だった。

前半は実を言うと違和感があった。テキサスの壮大な情景、荒々しいプロレスシーン、支配的な父親と信仰心の強い母親。その中で生まれた固い兄弟の絆。確かに家族間や個々の問題は感じられる。だが、それらの描かれ方や映像、演技、それらがそつなくこなされている印象。上手いのだが、なんか物足りない。たが、これが後半になりしっかり意味を持ってくる。

この前半にあった違和感、それは主人公たちの兄弟と同じように知らぬ間に注ぎ込まれていた心の毒なのだ。ある事件をきっかけに一家は地獄のような道のりを辿っていくわけだが、そこで溜めてきた毒が底の方からジワジワと漏れ出して、最終的には止められなくなる。しかも描き方もそれまでとは打って変わって、不気味さやショックを覚えるような演出が増えてくる。そしていつの間にかこの映画の放つ空気から逃れられなくなる。

それにはやはり描き方や演出はもちろん、演技力の高さが必要。この映画はそこもまた素晴らしい。一瞬「ちょっとザック・エフロンに似てる人」と思うくらい別人レベルに肉体改造を行ったザック・エフロン。彼の演技はこの役柄にピッタリ。兄弟の中でも徹底的に鍛え抜かれた筋肉の裏で、自身のアイデンティティの揺らぎに気付き壊れていく繊細な変化を見事に演じている。

逆にケリーを演じたジェレミー・アレン・ホワイトの演技は強烈。割と静かながら、その秘めたる破滅願望が表情の奥からじわじわと溢れ出し、最後には抑えきれなくなる。彼もまたその変化を大胆かつ見事に演じている。今後の映画界を引っ張る実力派俳優だ。

この映画はフォン・エリック家を描いているが、終始ザック・エフロン演じるケビンの視点で描かれる。そして、この映画はケビンの"家族"の重荷が重要なテーマなのだと思う。怒りを爆発させて父親の支配の鎖から解き放たれ、兄弟たちへの責任感や罪悪感からも解放される。その上で家族のではなく、自分の人生における望みを見つける。そして、それらは家族への愛と共存できる。深い心の傷も一つずつ縫っていくことで、消えることはなくとも癒えていく。そんなことを描いているように思えるのだ。最後の方はかなり感傷的だが、それまでの苦しみを丁寧にかつ容赦なく描いているからこそ心に響く。

まだまだ書き足りないくらいだが、とりあえずこの辺で。自分語りにはなってしまうが、ちょっと前の自分の精神状態では観れなかったかもしれない。それがこうやって苦しく思いながらも観れて、それでいて最後には心から観て良かったと思えている。劇場から出るとき、そのことが不思議かつなんだか嬉しかったのだ。映画として素晴らしいのはもちろんだが、僕にとってはそれ以上の意味を持つ映画だった。

ちなみにプロレスファンとして、現役レスラーであるMJF(今作のエグゼクティブ・プロドゥーサーでもある)が出演しているというのも楽しみだったけど、映ったのは本当に一瞬。劇場でずっこけそうになりました(笑
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