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名もなき塀の中の王のMASHのレビュー・感想・評価

名もなき塀の中の王(2013年製作の映画)
4.5
暴力性を問題視され、19歳で少年院から刑務所へ移送された主人公エリック・ラブ。そこで待ち受けていたのは幼い頃に姿を消した父親だった、というあらすじ。予告の感じから『ブロンソン』(2008年)みたいな感じと思いきや、バイオレンスではあるものの、今作はかなりドラマ要素がメイン。だが、その描き方が他の映画と一線を画すものとなっている。

まず驚かされたのが、全編を通して音楽がないこと。タイトルが出る時も音楽はなく、そのまま主人公のエリックが移送される様子を、セリフなしに映している。主人公も開始10分くらいまで口を聞かない。全編を通してもセリフは最小限。だからこそ、この映画において役者の表情と映像が他の映画以上に重要な要素になっているのだ。

この映画の役者陣を語る上で、主演を務めたジャック・オコンネルについて触れないわけにはいかない。今作での彼の演技は、僕が人生で見てきた映画の中でもトップクラス。最初の刑務所に入れられた時の表情の変化。恐怖や不安、後悔、そして人生への絶望。それを一瞬の表情の変化で観客に伝えてくる。この瞬間にこの映画に心を掴まれた。

彼の抑えられない暴力性や衝動的な怒りは時に狂気的とまで思わせるが、ふとした瞬間に見せる表情には、これ以上傷つきたくない、そして愛を求める少年のが見える。そして人々との交流を通して柔らかくなっていく表情。その変化を主に表情を通して見事に演じている。こういう主人公だと暴力的な青年という面が強く押し出した演技になりそうなものだが、ジャック・オコンネルはその多面的な部分を繊細に演じている。

もう一つ僕が心惹かれたのは映像だ。特に主人公が房で一人でいるシーン。天井近くにある小さな窓から差し込む光からは、逃れられない刑務所の閉塞感と主人公の未来への微かな希望を感じられる。その他にもどこかザラついた色味の少ない画にすることでリアリティを上げ、ショッキングなクライマックスでの極端の色遣いとの対比にもなっている。

アンガーマネジメントをテーマの一つとした映画。だが、この映画は怒りを抑えることを必要以上に説いてくることはしない。むしろ人として当たり前にある怒りという感情を表に出す重要性、そしてそれをどう伝えたらいいのかを描いている。現実でもそうなように、答えは明確に映画内で語られることはない。だが、主人公が変わるまでの道のりから僕らはそれを感じ取れるのだ。

素晴らしい映画だが、強いて言うなら親子の再生の物語という面では、他の要素ほど心惹かれなかったというのが正直なところ。よく出来ているのだが、父親が刑務所を仕切っているという設定もあり、途中で父親にフォーカスが当たり過ぎているように感じた。まぁラストには泣かされましたが。

当たり前のように感じていた人との繋がり。それを築くことの難しさとそこから見える微かな光。それは今の自分から変われるかもしれないという希望だ。全てが予定調和的には行かず、時に社会の理不尽に押しつぶされ、時に愛する者に裏切られる。だが、確かに人は変わっていける。それにはやはり人との繋がり、自分の中の怒りと対面、その奥に潜む愛の模索が必要なのかもしれない。そんなことを考えさせられる映画。正直結構メンタル的にしんどい映画だが、胸に刻み込まれる映画であることは確かだ。

余談だが、原題の『Starred Up』。どういう意味か調べたら、少年院から刑務所へ早期に移送されることを示す、イギリス特有の言い回しらしい。正直地味な原題なので、邦題の『名もなき塀の中の王』って題名好きだな、なんて思ったり。
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