いしはらしんすけ

アイアンクローのいしはらしんすけのレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.0
昭和のプロレス者にとっては基礎教養の範疇である「エリック家の呪い」に材を採った、A24ブランド作。

言うてアメプロ周りはそこまで詳しくないんで事実関係についてはざっくり把握&おぼろげ記憶のまま臨みましたが、六男・クリスの完全オミットなど、劇映画としてのカタルシスやテーマ性を優先した作風だったので、結果、鑑賞スタイルとしては変にファクトチェックモードにならずに済んで奏功したのかも。

それでもプロレス知識からくるナチュラルネタバレというかどういう展開になるかは普通にわかって観る感じではあったものの、そこ、全然気にしなくていいタイプの映画であるのは自明でしょう。

要はプロレスというジャンル自体はあくまで背景に過ぎず、中心となるのはマチズモに立脚した父権主義の有害性と、そこから派生する家族という呪いで、まあ昨今はエンタメでもよく扱われるやつですわね。

一方で麗しい兄弟愛を軸に決して断罪モードではなく、リング上さながらの一番のヒール(悪役)である父・フリッツにすら、時にどこか温かい眼差しを向けるバランスは、1981年生まれというショーン・ダーキン監督の俯瞰したスタンスが示されている気がします。

それが最も端的に表れているのは何と言っても実質的な長兄である次男・ケビンにとって家族が呪いから救いに変わるラストで、ここをピークに終盤は劇中のセリフに導かれるように泣けるのなんの。

その家族ドラマに密接するプロレス描写も、巷間の評判通り「わかってる」人ならでの周到さが光っていて、どうしても避けて通れない「プロレスの仕組み」の開示を、この時代設定ならではリアリティで処理していて、これはもう控えめに言っても最適解のやり方か、と。

そのくだりにおける最重要人物である後のケビンの妻・パムのいい女っぷりは、個人的に「コブラ会」のアマンダに匹敵するレベル!

「ねえねえ、プロレスってヤラセなの?」という入りでピリッとさせたと思いきや、それ以降は好感度が右肩上がり。

正直プロレスリテラシーが高くないと理解しづらいであろうケビンの説明にも深追いせず、筆おろしシーンでは「なんてかわいい人!」からのギュッって、さすがに理想化しすぎなんじゃないか、ショーン!と思いつつ、まんまとメロメロになってしまいました。笑

属性的にこちらもついつい気になってしまうロッククラシック使いに関しては、ちゃんと考証してないけど、割と歌詞と大体の時代感で選んでいる印象。

特に目立っているのがバンドマンだった五男・マイクのフェイバリットという設定のRUSHで「そりゃ売れてたけどあんまダラスっぽくないし、史実なのかな?」と思ってたら、ショーン・ダーキンってカナダ人なのね。てことで監督の趣味の線が濃い気がします。笑

真面目な話に戻ると「エリック家の呪い」という言説の陰謀論性なんかも何気に普遍的で、フリッツの陰に隠れがちではあるが、熱心なキリスト教信者である母親が「神の御心のままに」で思考停止して、息子たちの苦悩にきちんと向き合わなかった点も実は「盲信の危険性」という点で繋がってるという。

これはたまたまっちゃーそうだけどビンス・マクマホンJr.の悪行が告発され始めたこのタイミングでWWE (当時はWWF)に対するやや批判的な描写は、なかなかにタイムリー。

思えばフリッツが亡くなった際、週プロあたりでも表紙にしたりして基本偉業礼賛的な記事だった記憶があって、やはりメディアの評価の妥当性なんかにも思いが及んだりしました。

ジャニー喜多川の例を挙げるまでもなく、いろんなバイアスを極力排した評価って、大事っすよね。