ずどこんちょ

デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章のずどこんちょのレビュー・感想・評価

4.0
はにゃにゃフワ〜〜

浅野いにお原作の前後編アニメ作品の前編。
幾田りらとあのちゃんのキャスティングが最高です。今をときめくこの二人、エネルギーが爆発しています。
幾田りらは『竜とそばかすの姫』でも声優としてとても声の通った素晴らしい演技力を見せていたため期待していました。正直見る前は原作の門出のイメージと幾田りらの可愛らしい声質が自分の中では違っていたのですが、見ていくうちにどんどん門出役がハマっていきました。どこか世界に期待しないで生きていて、脱力感のある門出の声にぴったりでした。
そしてなんといっても、あのちゃん。おんたんそのものなのです。早口でまくしたてるおんたんの圧倒的語彙力が見事に演じられています。
普通の女の子とはちょっと違って独特なおんたんのキャラは、そもそもあのちゃんの世界観にも激ハマりです。

門出とおんたんたちは仲良し五人組の女子高生。
毎日学校で昨晩夢中になってやっていたゲームの話に花を咲かせ、進路のことや恋のことを気楽に語り合う、いたって普通の女子高生。
ところが、彼女たちの平凡な日常は3年前に襲来したある一つの円盤の存在によって、"非日常"的空間となっています。

3年前、突如現れた未確認飛行物体は東京の上空で完全停止。彼らは円盤の下でいつもの日常を続けていくのです。
通学路も、買い物帰りの商店街も、交差点も、3年前と変わらない風景なのに上を見上げれば大きな円盤があります。
日常に溶け込んで今では見えなくなってしまいましたが、3年前に米軍が飛行物体に向けて新型ミサイルを撃ち込んだ威力によって、街が吹き飛び、大勢の人々が亡くなりました。
8.31と言われた悲劇を経てなお、東京では未知の円盤の下で日常を過ごす人々がいるのです。

コロナの猛威の中でも日常が続けられていたように、未知の災厄を前にしても人は"生活"を続けます。
ただ、やはり何もなかった頃の"生活"とは違う部分もあるのです。得体の知れない恐怖や不安が静かに横たわっています。
門出の母親は8.31の新型兵器によって広がってしまったA線という微量の汚染物質を過敏に気にかけており、家の中にいても今でもマスクとゴーグルを外せません。門出を連れて東京を出ようとしているのですが、門出はそんな母親に付いていけないと感じています。父親も8.31のあの日以来帰ってくることはなく"生活"は完全に変わってしまったのです。

仲良しのキホちゃんは、リア充に脱却して人並みに恋をしようと同級生に告白します。
恋は見事に成就するのですが、付き合い始めた小比類巻君はネットの情報に左右され、政治家の嘘や円盤に対する過激な思想を高めていきます。やがてキホちゃんとの時間よりも、ネットにはびこる偏った思想に捉われてしまい、怪しげな活動に手をつけ始めるのです。

同じく仲良し五人組の一人、亜衣ちゃんも実家が8.31で被災。今は両親は仮設住宅で暮らし、亜衣ちゃんと兄弟たちは東京の親戚の下で離れて暮らしているのです。

彼女たちが過ごす日常の上には、明らかに非日常が横たわっていて、それは紛れもなく彼女たちの日常に侵食しているのです。
この違和感。この歪さ。個人的にはたまらなく好きなSFの世界観です。

実質的な被害も生まれています。
円盤からの直接的な攻撃があるわけではないのですが、円盤が繰り出す偵察用と見られる幾つもの浮遊機に対して自衛隊や民間グループが攻撃。
度々その攻撃に巻き込まれ、民間人が亡くなる事態も起こります。
やがて、仲良し五人組の一人、キホちゃんも中型飛行物体の撃墜に巻き込まれて亡くなってしまうのです。
五人を襲う衝撃のニュースです。昨日まで普通に喋って、普通にこれからも仲良く過ごそうと約束しあっていました。ところが翌朝、彼女はニュースで死亡者として報道されています。
門出たちは悲しみに暮れますが、いつものように遅刻して来たおんたんはまるでニュースのことなど知らないように天真爛漫に明るく登校します。
門出たちは困惑するのですが、門出がキホの死を知らせようとした瞬間、おんたんはニュースのことを知っていることを打ち明けます。
おんたんはおんたんなりに、悲しみを受け止め、キホがいた頃と何ら変わらないいつもの"日常"を続けようと、元気に振る舞っていただけだったのです。
友情ドラマとしてとても美しいストーリーなので、キホの死を描いた展開は前章で最も切なく、悲しいシーンでした。

「侵略者」が現れてから何かを変えて欲しいと願いながらも、心の底では何も変わらない日常を望んでいる門出という少女。
彼女の複雑な心境は、過去の出来事と絡めて考えることで少しだけ理解できます。

人間になりすました侵略者と出会ったおんたんは
、侵略者の言葉によって記憶の中に眠っていた、もう一つの過去を思い出します。
かつて小学生の時の門出はクラスでいじめられていました。おんたんはそのいじめを止めることのできない物静かで内気な少女でした。
ある日、8.31よりもずっと前に偵察に来ていた一人の侵略者が浜辺で子供達にいじめられているところを助けた門出とおんたんでしたが、侵略者の貸してくれた武器によって門出は次第に「悪人」をこらしめる粛清を始めていきます。

おんたんを守るために使っていた武器でしたが、やがて電車を脱線させる、汚職政治家を暗殺するなど、粛清がエスカレートしていくのです。
すべてはおんたんや他の愛する人たちを守るための殺人であると主張する門出と、闇堕ちしていく門出の暴走はあくまで自己満足でしかないことを突きつけるおんたん。
二人は下校中、大喧嘩となり、おんたんは門出の行動を必死に止めようとします。

しかし、おんたんの説得が門出のことを追い詰め、結果として門出は自殺を図ってしまったのです。
かつて門出がここで死んでいたのだとすれば、今の門出は存在しないはずです。それに門出もおんたんも過去の出来事をすっかり忘れてしまっています。
おそらくどこかで過去の出来事が歪められているのでしょう。この過去の記憶は誰のものなのか。いつのものなのか。
すべては後編で明らかになると思います。

一方、「侵略者」のこと。
母艦に乗ってやって来た謎の宇宙人は「侵略者」と呼ばれているのですが、彼らは円盤を止めてから3年間地球に事実上なんの危害も与えていません。日照権の侵害ぐらいではないでしょうか。
8.31の事故もキホの死も、すべて人類側が仕掛けた攻撃によるもので、侵略者たちは現段階では何一つ「侵略」らしいことはしていないのです。
彼らの身体は人類の幼児程度の大きさであり、特別に武装しているわけでもありません。米軍は撃墜された飛行物体は直ちに回収し、自衛隊も街を封鎖して市街地に紛れ込んだ侵略者を徹底的に討伐しています。決して対抗してくるわけではない侵略者たち。自衛隊が銃器を向けても震えて怯えている様子であり、仲間が撃ち殺されれば悲しんでいる様子も見られます。
ただ異質な存在であるというだけで駆逐される宇宙人たち。かつて地球に飛来する宇宙人と言えば、地球侵略を目的にしているなど危害を加える存在であると認識しておりましたが、実際は呆気ないほど非力だったのです。

でもその理由は過去編で小学生のおんたんと門出が侵略者の一人と邂逅した時に少しだけ明らかになります。
彼らが地球に降り立った真の目的は今のところ不明です。ただ、彼らの科学装置を使えばある程度の武力闘争はできるはずなのです。
透明になれるマントや、装着して空を飛べるプロペラ、距離の離れた物体に力を加える装置。まるで「イソべやん」のナイショ道具のように地球には存在しない科学技術です。
ところが、彼らはそれを武力として使用しません。平和的かつ知的な生命体である侵略者たちは、人類をまるで原始的生物を観察するかのように俯瞰して眺めているのです。
まるで人類を導く存在であるかのように…

今回飛来した目的は現段階では明らかにはなっていませんが、少なくとも彼らは武力という対抗手段は持ち合わせていません。高度な知的生命体であるがゆえに、そのような闘争は存在しなかったのかもしれません。
だからこそ彼らよりも低次元に進化した人類は、自分たちの価値観では理解できない彼らの存在を「侵略」と称することで敵視し、無条件で駆逐しても良いものだという概念を刷り込ませたのです。

門出が世界を嫌うのも分かります。
薄汚い政治家がはびこり、健気に生きる侵略者たちやが弱き人間が損をする世界が小学生時代の門出には嫌になっていました。
加えて同級生から謂れのないいじめを受けており、門出の復讐の矛先は世界にいる「悪い奴ら」に向いてしまったのです。

しかし、侵略者に対抗する人類の暴力のように武力による問題解決は悲しみを増やし、問題をややこしくするだけでした。門出が粛清を行なっていた頃も、門出は自分の中の正義によって暴力を働かせていましたが、それは誰も望まない暴力に過ぎません。おんたんも決して望んでいなかったのです。
現在の門出にとっておんたんが「絶対」なのは、門出の心の底に眠る本物の"デーモン"としての悪意をおんたんが止めてくれているからなのかもしれません。
いびつな家庭環境で育ち、世界を嫌い、日常が壊れていくことを望んでいる門出にとって、おんたんがいるからこそ日常を続けていくことができているのです。

世界を嫌う彼女が日常を望むのは、おんたんがいてくれるからなのではないでしょうか。

あと、劇中で門出たちが愛読している「イソべやん」という、どう見てもドラえもんパロディの漫画があるのですが、そののび太的ポジション"デベ子"の声が先日亡くなられたTARAKOさんでした。
なんだかちょっと切なくなりました。

サプライズといえばもう一つあって、劇中でおんたんと門出が空を飛んだ時に流れた曲が、どこか聞いたことのある曲。
そう、浅野いにおが作詞したでんぱ組.incの楽曲「あした地球がこなごなになっても」のサビメロディだったのです!
懐かしい。デデデデの世界観にとてもハマっている名曲でした。