足拭き猫

一月の声に歓びを刻めの足拭き猫のレビュー・感想・評価

一月の声に歓びを刻め(2024年製作の映画)
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映画が作られた背景を事前に知っていたので正直に観ていて辛かった。他の作品は観たことがないので比較のしようが無いが、作家にとって自身を救済する作品というのがあるとしたら三島監督にとってこれは正にこれがそうなのだろう。やるせない苦しみがスクリーンからあふれ出ているが、と同時に否定を肯定へと変えていく優しい物語だった。

性的被害に合った人が自分の存在を消したいと思い常に希死概念を持っているというのがこれまでいまいちピンと来なかったけど、特に3番目のれいこを見て、自分の身体を関係ない人に良いようにされ、人間の尊厳が奪われて自分が自分でなくなる苦しみ、身体と心が一致しない悲鳴を、それが直接描かれている訳ではないけど強く感じた。

生きることにおいて、自己肯定感ややるだけのことはやったという納得感がとても大切だけどこの作品に出てくる人々は誰もがその部分が欠けている。浮気している夫や死んでしまった妹への嫉妬の表現は自分だったらこう感じるんだろうなという感覚ととても近く、誤解を承知でいえばとても女性らしい気持ちだなと思った。2話目は他のふたつとちょっと異質だけど人間はみんな罪人だ、というとても大切な言葉を発する。娘の相手を許せず、イキってパイプとか鋤とか武器になりそうなものを持ってやっつけに行くオラオラ感(哀川翔はどうしたってアニキのイメージが強すぎる)が滑稽で、でもそれがあっさりと崩れる場面の愛おしさ、憎んで戦うよりも許す肯定感と安堵した気持ち。3話目、しんどい想いをした人とその心に花をたむけ、埋葬することで決着をつけて、さらにはそれを土台に自分ひとりで生きていくという決意が表明される。トトは見放されてちょっとかわいそうだったけど、あなたの問題はあなたで解決してという強い励ましだったとも思う。

画は思ったより芸術的。1話目の転調はびっくりした。雪のシーンはどうやって撮影したんだろ?上からの俯瞰はおせち料理を見せたかったとのことだが、それ以上に家族と疎遠になったガランとした食堂の広さが強調されていた。
海をとらえるショットのすばらしさも印象的。トトの役者さんがとても寂しげなまなざしをしていて、れいこが心を許したことに納得した。
船や湖、海の描写は揺らぎたゆたう人の心のようにも。