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ANORA アノーラのBeSiのレビュー・感想・評価

ANORA アノーラ(2024年製作の映画)
5.0

アカデミー賞レースを席巻。まさに番狂わせでしたね……長々と失礼します。

NYでストリッパーとして働く“アニー”ことアノーラはある日、新興財閥段の息子であるイヴァンから指名される。そこで彼女は、1万5千ドルの報酬と引き換えに彼の「契約彼女」として7日間過ごすというイヴァンから申し出を受け、贅の極みを堪能し尽くした2人は衝動的に結婚!しかし、幸福の絶頂にあった2人の噂を聞きつけたイヴァンの両親がNYに駆けつけたことをきっかけに、アニーの人生を揺るがすほどの暗雲が立ち込み始める……。


✔系譜
これは、本作の監督であるショーンの作風が一切崩れずに我流を貫き続けているという点に深く関連しています。『フロリダ・プロジェクト』で大々的な世界デビューを果たしたという背景の通り、緻密に計算された繊細な人物像の描写、画角の広さと画面比を最大限に活用した撮影技術そして編集技術がとにかく美しく、現実と理想が交差し入れ乱れる世界に浸されたポップで自然な色使いも引き続き多用されています。独自のフィルミングに特化して、作りたい映画を作り続ける。彼ほどこんなにも楽しんで映画を作ってる映画監督ってそういないのかも。

✔次世代を担う俳優
今年度のアカデミー賞レースで個人的に一番嬉しかった瞬間。今回、本作で主演を務めたマイキーが初のオスカーを勝ち取りました。これは番狂わせだったと思います。 『サブスタンス』のデミ・ムーアや『I’m Still Here』のフェルナンダ・トレスが大本命とされていたなかで……2000年代以降のアカデミー賞史上3番目の若さ、Z世代としては初のアカデミー主演女優賞受賞となった彼女の演技は、まさしくオスカーに相応しいものでした。ポールダンスやブルックリン訛りの方言などを、実際にストリップクラブへ出向いて定着させるトレーニングに注力した彼女。アニーというストリッパーであり、苦労人であり、一人の人間である彼女の陰と陽を完膚なきまで熱演されていて、とにかく迫力と人間味に満ち満ちた最高の演技でした。

敢えてインティマシー・コーディネーター (俳優らの身体的接触やヌードなどが登場するシーンにおいて、演者の尊厳や心身の安全を守りながら演者側と演出側の意向を調整してシーンの真実性や正確性を担保する) をつけずに撮影が行われました。この決定は実際のところ、一部の映画ファンや映画業界関係者の間で物議を醸したわけですが、「演者の身体および心理的安全を守ることはケースバイケースであることが多い」という監督の私見もあり、今回の取り決めが行われたそう。しかし、多くの性的描写が羅列する撮影が全て安全に敢行された後でもマイキーは以下のように自身の気持ちを吐露しています。

「女性としては、自分が快適に撮影に臨める環境について決める権利は自分にあると思う。性的なシーンを撮影する際にはショーンや他の演者さんと綿密に話したこともあって、今回の撮影は安全に行われたけれど、毎回そうとは限らない。だから、演者一人一人を守りサポートしてくれる人がいることは大切。将来、様々なシーンに関わる多くの俳優の方々が正しい決断だと感じられたら、ぜひともインティマシー・コーディネーターと仕事がしたい」

いわゆる 「Z世代」 と称される 20 代の俳優の起用は、「新鮮で挑戦的な試み」 が主な理由となって増加の傾向を辿っていると個人的には感じているのですが、それと同時に、この風潮こそ今後の映画業界を支える柱になり得ると強く思います。大々的なプロジェクトに携わる一員としてお互いが尊重し合える環境づくりは、色々な刺激を吸収しつつ脆くなりながらも自信と強さを成長させる若い世代にとって非常に重要ですね……。このマイキーの言葉は結構刺さったなぁ。次世代の先導者の一人として、今後多くのスクリーンで絶対に見たい俳優さんになりました。最高にかっこよかったよマイキー!!

✔救世主
本作の物語における唯一の救いであるイゴールを演じたユーリ。彼の演技が無ければ今回のアカデミー賞総ナメは起こらなかったのではないでしょうか。序盤から謎に包まれた立ち位置にあったイゴール。そんな彼に隠された純粋さや心の温かさを、見事に投影したユーリの演技、完璧以外の言葉が見つかりませんでした。本作で華々しいハリウッドデビューを飾ったかと思えば、観客を一瞬で惹きこむ立ち振る舞いを見せ、ロシア人俳優としては約50年ぶりとなるアカデミー助演男優賞ノミネートという快挙を達成して見せた彼の演技は、是非とも一度は見てほしい。非常に少ないセリフの数に反して、マイキーに次いで長い出演時間が意味するもの、それはいかにユーリの演じたキャラクターが本作において大きな役割を果たしているかを意味しているに違いないと思います。


✔現実
本作で強く印象に残っているのは、主人公アノーラが体現する人間の脆さ、そこから発展して明らかになるイゴールが体現する人間の美しさです。娼婦というカテゴリーの中でも、特にストリッパーは自分の商売に徹する傾向が強いと個人的には思います(基本的にはストリップクラブにおいて提供されるサービスはパフォーマンスと称して定義されるので、客と密接に関わるイメージはキャバクラや性風俗などに比べて薄いかも)。本編の序盤でアノーラや彼女の同業者が、様々な来客の悪口やゴシップで盛り上がっていた様子を見るにもはや男性に対する信用や見方は皆無に等しいほどにまで落ちているのだと感じます。しかし、これには彼女たちの過去が深く関わっており、むしろ彼女たちをはじめとする娼婦の多くは利潤や富だけでなく、忘れたい或いは思い出したくない出来事を克服する目的も持ったうえで各々仕事に取り組んでいるのではないか。こう思う理由は、アノーラとイゴールの会話にあります。予告編でも印象的だった、暴れ回るアノーラをなんとか止めようとイゴールが苦闘する場面。その後の2人の会話のなかで、アノーラが性的暴行やレイプといった類の被害者であった過去を持っていると推測できる箇所があったのです。彼女にとっては、その忘れがたい悲惨なトラウマに直面した瞬間から男性への恐怖心が植えつけられ、現在に至るまで男性を汚らわしいものとして見てきたのだと思います。それをなんとか乗り越えようと、男性と対峙することを逆手に取ることを試みたのかもしれません。しかし、劇中で見られたアノーラのオンとオフの差もかなり激しく、精神的疲労はかなりのものだったのだと察します。加えて、イヴァンの出会いにより、それまでの人生観を変えてくれるかもしれないという絶好の機会を目の前に、彼に裏切れらたことで心の傷が広がり、アノーラの心と体はボロボロになってしまいます。

そこで現れたのがイゴール……歪で不透明だった2人の関係は物語の後半から形を作り始めます。失意の底に落とされたアニーに幾度も寄り添う彼の姿は、見ているうちに不思議と安心感を与えてくれました。イゴールがここまで他人に尽くすのには、彼の家族の存在が大きいのだと思いますが、何よりも救いだったのは、アノーラにも彼に感謝の気持ちや自身の行いを赦してほしいと願う強い気持ちが見られたことでしたね。肉体を提供する形でしかイゴールに感謝を伝えることができない自分への嫌気、ストリッパーとしての“アニー”ではなく、一人の人間としての“アノーラ”が好きだというイゴールの想いへの安堵から込み上げた感情を爆発させるラストはあまりにも切なくて……。それに、2 人の名前に込められた意味も重要ですね。

“Anora”は「光栄」 「名誉」 「光」 、“Igor”は「戦士」 「闘士」という意味があります。ありのままの自分をさらけ出して生きるに値しないと考えるアノーラに少しでも希望を与えようと奮闘するイゴールの構図をまさしく体現しています。本作がラブストーリーであると呼ばれている理由も改めて実感しました。



世間では淘汰され批判される的に立つ女性の人生が変わる瞬間を余すところなく鮮明に映し出し、かつ人間の持つ尊厳の偉大さを力強く描いた作品。あまりに愚かで眩しく、気高く逞しく美しいアノーラを心から応援したくなるアンチ・シンデレラストーリーであり、世に生きる全ての人を抱き締め祝福する賛美歌のよう。ショーン・ベイカーの人間愛溢れる魔法に酔いしれる最高傑作。
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