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落下の解剖学のBeSiのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.8
ついに Prime Video で配信!!昨年度に大混戦を極めたアカデミー賞レースの波に飲まれることなく強い存在感を放った本作。新年 1 発目に鑑賞しました~!Word 1 ページに収まりきらないほどに褒め称えたい点が沢山散りばめられた素晴らしい法廷ミステリーでした……。(明けましておめでとうございます!🐰⛩🎍🌅)

人里離れた雪山の山荘で、とある作家が亡くなった。 やがて、進展する捜査の中で殺人の容疑が妻のサンドラに向けられる。しかし、現場に居合わせたのは視覚障害を持つ 11 歳の息子だけ。あの日あの場所で一体何が起こったのか?事件の真相に迫るうち、誰も想像しなかった深淵の全貌が明らかとなる......。



✔フランス映画として、法廷劇として
しばらく期間を空けてから観た映画がこれで良かったと心の底から思いましたね。作品に没入する感覚を思い出せたという点が大きな理由です。フランス映画の特色の一つである (だと思う) 静謐で陰鬱な雰囲気や物語の核心を表立たせない会話劇に加え、常に緊迫した状態を保った議論を描く法廷劇の迫力も合わさり、2時間半の長尺を全く感じなかった。しかし、半ばモキュメンタリーのような手法も取り入れているためか、主人公たちと同じ時間軸の長さに置かれている意識が芽生えると同時に精神的な負担がありました。ただの「重い映画」じゃないですよこれは……。

✔卓越した俳優陣の演技
同じく昨年度のオスカー候補に名を連ねた 『関心領域』 でも主演を務めた、 本作で主人公の作家を演じたザンドラ。 『落下の解剖学』は、隠れた名優であった彼女の知名度を大きく広める作品となったに違いありません。本作を監督したトリエは、 「彼女が英語に加えてフランス語を話そうと挑戦しているドイツ人であるという事実が多くの仮面を作り出し、彼女が何者なのかさらなる混乱を生み出す」と語っています。ドイツ生まれのルーツを持つザンドラの凄まじく幅広い演技は必見。母として、妻として、 容疑者として。人間の中に存在する複雑な概念を体現した彼女の圧巻の演技、 トリエ監督の斬新かつ包括的な人物像の描写の繊細さは特に素晴らしかった。

主人公の息子ダニエルを演じたミロと、 スヌープという名でダニエルの愛犬を演じたメッシ。 彼らは絶対に見逃せません。物語の鍵を握る人物たちとして度々切り取られた「誰も知り得ない何かを抱えている」と思わせる表情は非常に印象的でした。精巧かつ緻密で 80~90 年代のフランス映画を想起させる斬新な映像表現と相まって、観客に訴えかけるような彼らの演技は本作における宝です。まさに卓越した演技でした。ボーダーコリーまじすごい賢すぎ可愛い飼いたい!!😭😭😭

✔ある事柄の曖昧さが引き起こす
ネタバレになるので核心に迫るような明言は避けますが、予め言及しておくとするならば、 本作の根底に存在するテーマは 「何もかも覆し得る主観性と客観性の曖昧さ」 が主だと考えます。

法廷において真偽や処罰の決定には欠かせない証拠。しかし、被告人や証人の持つ主観性も、 この場所では多少考慮されることが多い印象。 様々な証拠が存在し羅列されている場所で主観的な陳述を行うことは 「根本的には」 ご法度ですが、その場所で行う主観的な陳述の限度ないし範囲に全てが帰結するという見方もあると思います。「テレビでこんなことを言ってたのを見たんだ!」 「おばあちゃんがそう言ってたんだ!」 とかいう次元の低い主観性ではありません。今回で言うと 「特定の人間だけが知る或いは考える正義や信条の本質」 という点が重要になるのではないでしょうか。 極端な話、 それらが過度に主観的または感情論の一種であると言われればそれまで。しかし裏を返せば、それらは証拠が無くとも法廷においては考慮されるべき事象であり、ただ単に主観的なものとして片づけられるべきでないものだと思います。これらを考えると、先述した主人公の息子ダニエルは本作を深く知るためには欠かせないキャラクターであると改めて感じますね。

しかし、これもまた「何もかも覆し得る主観性と客観性の曖昧さ」を表しているのかなという風に一度は解釈したのですが、この曖昧さが仇となり、自分は鑑賞後のモヤモヤした感情を払拭することはできませんでした。証拠という利益に目先を集中させ、様々な人間性を浮き彫りにしたり証人たちの心情を考慮したりするといった重要なプロセスが 「見えない」 状態で量刑判断を行うことこそ、十分主観的な行為である。 はじめはこのように考え、本作における検察側に対立する立場にいたのですが、主観性と客観性の曖昧さがどんな決断や事実をも覆す可能性を持っているとするならば、何が真実で何が嘘なのかを判断できなくなる原因は、 弁護側ないし主人公にも存在するのではないかと思ってしまいました。これこそ、トリエ監督が言及していた 「主人公に多くの仮面を作り出し、 彼女が何者なのかさらなる混乱を生み出す」 とい
うことなのかも。 ある事象が真実性を帯びるために絶対に必要なことって何なんでしょう。僕には分かりません......。



あらゆる価値観を覆し、様々な概念の意味を崩す、そんな作品でした。 我々自身を映す鏡としての映画を作り上げたトリエ監督そして主演のザンドラをはじめとした俳優陣の素晴らしい演技に圧倒された2時間半。上質かつ斬新で、人間の深淵を限りなく映した法廷ミステリーでした。傑作です。
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