えいがうるふ

オペラ座の怪人 4Kデジタルリマスターのえいがうるふのレビュー・感想・評価

5.0
名作と噂を聞きつつちゃんと観たことなかったシリーズ。
運良くとても良い環境でこの4Kリマスター版を観ることができ、久々に「いやあ、映画って本当にいいもんですね」と私の中の晴郎が現れて呟いた。
もちろん、当時のままの画質や音響でこれを鑑賞したとしても絶対に感動しただろうと率直に思える内容だったが、やはり大きなスクリーンで観られて本当によかったと思う。

脚本があまりに見事で原作発表からの変遷を調べたところ、1910年にガストン・ルルーが発表した原作のゴシック小説はその設定や筋の面白さから数多の改変を経て映画やミュージカルとして世界中で上映され、今回私が観た今作は1986年のアンドリュー・ロイド・ウェバー版ミュージカルを映画化したものとのこと。他の作品も原作と異なる点は色々とあるようだが、なるほどこのウェバーによるミュージカル化の脚本はまさに「幕」を感じる物語への導入からエンディングまでの展開が素晴らしく、絶対的な音楽の才能への畏怖と憧れや怪人のバックグラウンド描写など、物語に深みをもたらすディティールがきっちり盛り込まれていて、ミュージカルど素人の私にも群を抜いて魅力的に思えた。

音楽や舞台美術、その他のゴージャスな演出への賞賛は他のレビューでも多くの人が触れている通りで、そのまま受け止めるだけで目も耳も満たされてお腹いっぱいになれる。
しかしやはり何よりも私を惹きつけたのは登場人物の心象描写だった。

(以下ネタバレあり)






なにしろ一見ひたすら純真なクリスティーヌが、無意識下に秘めた深い欲望をファントムにじわじわと刺激され揺れ動く様がなんとも官能的でクラクラしてしまった。
若い彼女が誰からも祝福され間違いなく幸せになれそうなイケメン金持ち人格者のラウルを選んだのは至極当然で正しい判断だ。だが、亡き父への思慕を抱える彼女が触れてしまった天賦の才を持つ上の者に愛され育てられることへの憧れや、異形の者に導かれ垣間見た濃厚な大人の愛の世界への好奇心は、抗い難い魅力でウブな彼女を惑わせたに違いない。

そして一番刺さって思わず目頭が熱くなったのは、怒りと絶望で我を忘れ獣と化したファントムが、クライマックスで愛するクリスティーヌにかけられた情と究極の献身に心打たれて膝折れる瞬間だった。愛されなかった者がこんな形で愛を知るなんて、なんて残酷。こうした人物の印象を一気に反転させる揺さぶりに弱い私は、まんまと一気に持っていかれた。

ネット配信や衛星放送等で到底見切れないほど豊富なタイトルが提供される昨今、どんな作品でも自宅や手元のスマホで気軽に鑑賞出来てしまうけれど、何よりも時間が貴重と思える歳になってみると、1日のうちの1〜2割以上を充てることになるその時間をいかに最大限充実させるかと考えるとやはりできる限り映画は映画館で観るのが正解なのだろうと実感するようになった。
とはいえ、誰でも経験があると思うが結果的にその作品が自分にとって「ハズレ」だった場合、映画館鑑賞のために費やした時間やお金がものすごくもったいなく思えてしまう。当たれば天国、外せばしょんぼり。毎回ささやかなギャンブルをしているようなものだ。
だからこそ、この作品のように観る前から当確とされる作品が期待以上だった時の満足感は言うまでもなく、全く未知の作品が大当たりだった時の喜びもまた一入である。これだから映画はやめられない。