えいがうるふ

小さき麦の花のえいがうるふのネタバレレビュー・内容・結末

小さき麦の花(2022年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

かなり久しぶりのレビューになってしまった。
先日、ロバ好きならば是非!と多くの人に勧められたこの作品をついに観ることが出来て、しみじみと「映画って本当にいいものですね」という呟きが心のうちに湧きあがってきたので、この気持ちが冷めないうちに書き記しておかねばとキーボードに向かっている。

結論から言うと文句なしに素晴らしいロバ映画だった。冒頭の演出からもう直感的に、ああこの監督は!ロバの!!良さが!!!分かっている!!!!と無駄に興奮してしまったほどだ。

作中のロバに名は無い。名も無きそのロバがとにかく常に画面のどこかにひっそりと佇んでいる。ロバはただロバたる概念を全うする存在としてただ静かにそこにいるのだ。
そして主人公は朴訥でどこまでもやさしくて、だからこそ利に聡い連中からは愚鈍な奴だと粗末な扱いを受け、それでもそれを甘んじて受け入れて日々を過ごしている男。そんな、まるで従順なロバがそのまま人になったような主人公ヨウティエが、クイインと巡り合い所帯を持ったことで俄然農夫としての有能さを発揮していく。実際その働き者ぶりは目を見張るほどで、ロバであれ人間であれ、適材適所で必要とされることこそが本人の持つ能力を最大限発揮させるのだろうと思ったりした。

かくして親族にさえ疎まれていた二人は、互いにとって唯一無二の存在となることで無事に地に足のついた小さな幸せを手に入れたように見えた。無造作に箱にあけた穴からひよこを照らす裸電球の灯りが漏れ出て土壁を照らす、その愛おしさに泣きそうになる。
お互いを大事に慈しんで暮らすその日々の描写はとにかくそんなやさしさにあふれていて、それをロバがどこ吹く風で見守っている。彼らが作中で常食している素うどん(?)のようにするすると喉越しよくお腹に収まり、口寂しい心をあたたかく満たしてくれる気がした。


ラストシーンは観る者に解釈を任されている。
私には、運命に翻弄され為す術もなく追い立てられていく主人公がロバの姿に重なり、それがもう一つの傑作ロバ映画「EO」のラストシーンを思いおこさせ、なんとも切なく涙した。

最後に、忘れずに言及しておきたいのが作品全体の色彩表現の素晴らしさである。だだっ広くほこりっぽい田舎の農村の景色の中に差し色として鮮やかな緑がかった藍色がそこかしこに使われていて、なんとも清々しく美しかった。
また一つ星5のお気に入り作品に出会えてうれしい。お薦めしてくれた皆様に感謝!

追記:
例によって投稿後に他の方のレビューを拝読していて中国政府の検閲が入る前のエンディング詳細を知り、さらにこの映画の存在を切なく愛おしく感じました。また素晴らしい中国映画を観るたびに感じる、現地の製作陣の悔しさを想像してさらに切なくなりました。
私のレビューを最後まで読んでくださった方にはキッチャンさんのレビューも是非ご紹介したいので勝手ながら以下にリンクを貼らせていただきます。
https://filmarks.com/movies/101185/reviews/168546114