クシーくん

初恋のクシーくんのレビュー・感想・評価

初恋(1997年製作の映画)
4.9
香港行に備えて王家衛五作品一気見。と言いながらいきなりエリック・コット監督作品からレビューを書いてしまっている。ウォン・カーウァイはあくまで製作だけ。しかしこの作品も花様年華や恋する惑星に劣らず好き。全体的に王家衛の影響を受けてる感はある。村上夏樹とか。

冒頭からセンスの塊。本編や映像をコラージュした中に、厚かましいコメンタリーの様に下世話なリリックを挟んでくる監督。製作動機と過程を開陳しながら没ネタを混じえて物語に導入していく。使用されてる音楽のキッチュさも含めて最高。映画自体が全篇に渡ってまとまらない監督の愛や想いが脳髄に流れ込んでくる電子ドラッグ。監督の発案と思考過程を辿っていくかのようなオムニバス構成になっている。

ファンが日本のAV女優を探しに行く「小鋼炮」、香港の整骨院に勤める日本人の元に北京から美しい少女が訪ねに来る「五号バス通りの整骨院」、失踪したAV女優の恋人を探す為、香港にやってきた日本ヤクザと清掃員が交流を結ぶ「AV大久保」、その続き物で、女装した監督が二人を襲う悪女メイラン、そこから清掃員の設定を借用して夢遊病の少女と恋に落ちる物語に作り替えた「精神病の男と夢遊病の少女の話」、結婚に臆病な男が見捨てた昔の彼女と再会してしまう「ヤッピンとカレンの恋の後始末」。最後の2本が長編(?)であり、それ以外は短編ないし物語の繋ぎのような小品である。
文章で連ねるとこんな具合だが、あらすじや物語性は余り意味を為さない。揺れる傾くカメラワークとか色遣いとか音楽とか、全てひっくるめてエモ過ぎる。パッケージデザインのような金城武とカレン・モクの絡みの映像は冒頭で出てきたが、二人の恋にまつわる話は没ネタになったのだろうか。そちらも見てみたい気がする。

夢遊病の少女と一緒に香港島から九龍半島へ渡るシーンが本当大好き。寝てるフリして目を開けたり閉じたりして反応を伺う、まさかの監督からの今名シーンです宣告。一方的に結婚を申し込むどうしようもなさ。悲劇的な狂気に終着点を見出すラストとは裏腹に、空想の結婚生活は切なくも優しい。

「恋する惑星」の時の金城武も瑞々しい感じが刺さったが、今回の頭おかしい感じの演技も結構ハマってるな。何やらせてもそつなくこなしてしまう俳優なんだな。
夢遊病の少女リー・ウェイウェイ(李維維)の無垢な可憐さ。彼女はこの作品に出た後MV出演を除けば長らく芸能界から遠ざかっていた為か、この当時の出演作品はほとんど観る事が出来ないのが残念。
最後の「ヤッピンとカレン」は一番ストレートで分かり易い作風。昔デートした席とタルト、返された指輪、雨の中の見送りとかいちいちベタなんだけど凄え胸に刺さる演出。カレン・モクの涙にやられた。

かなり好き嫌いが分かれそうだが、最後の監督の告白も良い。監督に向いてないわ自分と最後に告白しちゃう映画も珍しい。もし万が一、もう一度映画を監督出来るチャンスがあればこの次も映画を撮り終わった時に、ドキドキするような映画を作りたい。初恋のように。そういえば某映画評論家の批評にフェリーニの「8 1/2」を引用している一節があったが、映画作りの映画という意味では確かにある意味香港版「8 1/2」のような趣がある。エリック・コット監督作品はこの後「ドラゴン・ヒート(1999)」1本しか撮っていないようだが、もう一度、新作を期待したい。
クシーくん

クシーくん