クシーくん

遥かなるアルゼンチンのクシーくんのレビュー・感想・評価

遥かなるアルゼンチン(1940年製作の映画)
3.4
1940年、ヨーロッパ戦線は拡大して映画どころではなくなった為、南米に市場活路を見出した第二次大戦中のハリウッドでは、ラテン・アメリカを舞台にした映画が少なからず撮られていた。
それはルーズベルト大統領下のアメリカ政府が行った善隣外交の一環でもあり、いわばプロパガンダ的な側面もあった訳だが、「善隣外交のミューズ」とされたカルメン・ミランダがハリウッド初出演した本作は、それら作品群における初期の代表作と言えるだろう。

プロパガンダというと政治主張が先立つキナ臭い作品を連想しがちだが、本作は政治的主張などは微塵も感じられないよく言えば能天気な、有り体に言えば中身のないロマンティック・コメディのミュージカルである。

ハンサム男、ドン・アメチーの父と、ヒロイン、ベティ・グレイブルの叔父が昔大学の同級生で、恋愛のトラブルで揉めた為不仲なので、愛し合う二人がなかなか一緒になれないという、シェイクスピア爾来何度も擦られてきた設定だ。といっても恋する二人自体は映画の前半の一揉めを除けばほとんど喧嘩らしい喧嘩や恋の障壁もなく、ずっとイチャついているだけなので恋愛物としては全く危なげがない。

よって単なる恋愛物としてだけ見ると正直つまらない話なのだが、ステレオタイプとは言え、アルゼンチンの競馬やダンスといった文化が盛り沢山、終始陽気な雰囲気でダレもしないのでくどさを感じる前にサラッと観終えられるのは良い。
ヒロインの叔母さんとして登場したシャーロット・グリーンウッドは全くのノーマーク、ただのオバサンだと思っていたが、どうもこの人ボードビルに出演していたダンサー出身らしく、フレンチカンカンも真っ青のハイキックを繰り出して華麗なダンスを繰り広げたのは笑ったのと同時にその見事な立ち回りに見入ってしまった。
しかし何と言っても本作は映画の本題自体が半ばどうでも良くなるくらいニコラス兄弟によるパフォーマンスが凄まじ過ぎる。タップダンスとアクロバットを複合させたような彼らの芸を見るだけでも価値がある。

本作出演後、世界的なスターダムの道へ踏み出す第一歩となったカルメン・ミランダの歌は素晴らしいのだが、ショットがバストアップか正面からの定点二択しかなく、とっても絵が乏しい。おまけに大々的にプッシュされている割に登場シーン自体が少ないのは、NYのクラブと出演契約を交わしている最中で、NYを離れる事が出来なかった為、アルゼンチンのロケ地撮影は勿論のこと、ハリウッドに行く事もままならず、彼女だけ別撮りした…という事情らしい。

また、本作は善隣外交のプロパガンダとして製作された映画にも関わらず、当のアルゼンチンでは上映禁止の憂き目にあっている。
ブラジル人で音楽やダンスのスタイルがメキシコ風だったりキューバ風だったりするカルメン・ミランダを始め、余りにもステレオタイプかつ均質的、またともすれば屈辱的な描写の為だという事で、確かにラテンアメリカの文化に全く詳しくない私ですら違和感を覚える描写が目立った。
アルゼンチン人役のキャストは皆例外なく酷いスペイン語訛りがあって、中でも親戚がそこら中にいて女たらしで嘘つきという設定のティトという人物はその類型だろうか。
やたら低姿勢で白人(アメリカ人)に媚びを売る使用人のような態度を取り、おしゃべりでいい加減というキャラクター像が総じてアルゼンチン人の人物に押し付けられており、当時の人が侮辱と捉えたのもむべなるかな。
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