Habby中野

男はつらいよ 寅次郎頑張れ!のHabby中野のネタバレレビュー・内容・結末

4.3

このレビューはネタバレを含みます

こんなに上質なメロドラマは初めて観た。まさにメロス(歌、という意味らしい)に包まれた美しく重奏的な人生のドラマだ。
恒例の冒頭の寸劇と寅屋の爆発、誤報と実報の警察出動、繋がれた猿とふざける源公としがらみの若者─一つの作品の中で行われるセルフオマージュ、それが織りなすグルーヴ。
『あこがれのハワイ航路』歌いながら平戸の素朴な港を自転車で走る寅さん。
宴席でのシューベルト。シューベルトと階段の俯瞰。シューベルト。聞こえ漏れる会話。シューベルト。去っていく寅さんの背中。
神父と船長の右左確認、社長が歯に挟まった栗を取る間立ち止まる会話、喋る姉の襟を直すワットくん、「ザリガニ!!」「やあねえ伊勢海老よ」「わあ!なんだザリガニじゃないか」、沈黙の中展かれる寅さんの一人芝居。一つ一つの細かなカットが、セリフが、映画の運動が、まるで歌っているかのように時に高らかに、時に激しく、また閑かに哀しく、この世界に響き渡る。虚無の中に、虚構の中にしかし彼らの調べは力強く反響している。
この映画を見て改めて、何食わぬ顔をして生きるのだけは嫌だと思った。それはできないと思った。苦しんでるふりをするわけじゃないけれど、せめて、慎重さを持っていたい。あらゆる機微、生の細かでゆっくりと死へ向かう歩みの上に、虚しさの上にある宴会をこそ、心から楽しみたい。そんな歌が聞こえる。
Habby中野

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