Habby中野

夜明けのすべてのHabby中野のネタバレレビュー・内容・結末

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

たとえば、信号のない交差点に出る時、一時停止して左右を確認すること。一度通り過ぎかけてから少し戻るような思考と身体のラグ。登場人物によって撮影されているカメラに決して同化せず、あくまでその後ろから映画のカメラとして撮影すること。そうした、描写と言うほどでもない些末な振る舞いが、この映画と我々の座席との境界を緩やかに溶かしていっている。映画としてスクリーンに映えながら、ここと同じ風が流れている。
徹底的に人間をとらえ、映した作品だと思う。PMSやパニック障害という自分への重ねきれなさを─自分は症状とは無関係だと切り捨てることも、しかしその苦しみに共感を単に表明することも相応しくはならない、その重ねきれなさを─持つ他者たちが少しずつ融和し、それは自己を投げ出すとかではなく、ゆっくりと優しく世界と触れ合っていく様。細やかに、そして確かにそこにある身体も精神も、過ちも感情も、この上なく人間である彼ら彼女らの姿を見て、それを見ている瞬間瞬間に自分も人間であれている、思った。

「短い間でしたが、お世話になりました」
「(ふと差し込む陽光に目をやり)……暖かくなってきたね」

という会話を、

「しかし、そんな人間たちの感情とは無関係に、この世界は動いている。(……)
喜びに満ちた日も、悲しみに沈んだ日も、地球が動き続ける限り、必ず終わる。
そして、新しい夜明けがやってくる」

というメモの言葉を聞いて、自分の意のままにならない身体を、常に手の届くところにある死を、あるのかわからない運命を、ほんの僅かな喜びを思い、祈りのように噛みしめた。そうする自分の身体と精神を感じた。
世界は我々の触れ得るところから溶けるように無限に広がっている。絶望的な広さだ。それでも、それに比す人間の矮小さに俯くのではなく、そこに触れているこの身体と心こそが自分なのだと信じることができる、その強さを持つこの映画に登場するすべての人々のどこか遠く先にここがあるということを、涙が出るほどに嬉しく思う。
Habby中野

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