僕は悲しくも単純なほど直線的な人間なので、耽美でミステリアスなこの空気に溶けるような思いを抱くことはなく。辛うじて、物語として理解するのがせいぜい。でもだからこそ、この世界を想像した人間と創造した人間と表現した人間と感動する人間がいることを、とても興味深く思う。
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この空気をやたらと紐解こうとするのは不粋かもしれないけど、「どの時点で」なんだろうと素朴に疑問で。
象徴的な薬指(の先端)を失った時点で?
標本技師に接触した時点で?
何をもって彼女は、あちら側に堕ちていったんだろう。
すれ違う同居人がいる、という設定の妙。朝7時にすれ違う同居人。この不思議な設定がいちばん大好きだった。そして個人的には、彼こそがあちらとこちらの狭間、というより、こちらからあちらに明確に移動する記号だったのかなと想像する。
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「自由になりたくない」という言葉が静かに残ってる。ほかのいろいろは共感し得なくても、この言葉には背徳の同意があるし、すごくすごく拡大解釈するなら、僕が日頃思ってる「車が僕に向かって突っ込んでくるとき、僕は避けるだろうか」という疑問に結びつくような気もする。
外界と隔絶された冷ややかな試験管の中にあるのは、安寧なのかもしれない。
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生を強調させるような、しっとりとした汗。対比的に、不気味で霊的な住人たち。船で渡って通うラボ。少なからず魅了されながら、「これは日本じゃできねえなあ」とそれだけは確信する。