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お引越しのslowのレビュー・感想・評価

お引越し(1993年製作の映画)
5.0
大人の笑顔が仮面の輪郭に塗られた血の通わない絵柄のようなものに見え、冷淡な声は、わたしの護りたいものを片っ端から、躊躇いなく、傷付け、あるいは奪って行くのです。そういう悪夢を子供の頃はよく見ていた。自分でもわかるくらいにうなされて、汗びっしょりになって、目が覚める真夜中の頃。身体をまだ恐怖の残る布団から引き離し、窓を開け、騒つく空気を追い出すと、するりと夜風が迷い込んで来て、おでこや頬の火照りを冷ましてくれる。カーテンがふわり、外の世界が変わらずそこにあるとわかり、わたしはため息をついた。それは安心だったろうか、そうではなかった気がする。

田畑智子が出演しているということだけ前々から知っていたけれど、こんなに若い頃だったとは。彼女のエネルギーが成立させているシーンの多さ。そして、縦横無尽、奥行きまで余すことなく運動に使うこの画面の充実感はなかなかない。正直、相米慎二の世間の高評価にいまいちピンと来ていなかったけれど、これは傑作だった。アニメにしか出せない現実性というものがあるのなら、実写にしか出せない非現実性というものもあるのだろう。それは是枝作品のような自然体の人々を撮ることとは全く別のベクトル。まるでジブリを地で行くような田畑智子を始め、皆しっかりと演技をしているとわかるのにそのあざとさが良く、序盤、中盤、終盤で様相の変わる物語の性質自体が、身近な世界のことでありながら、アニメ的で、幻想的で、それでいて、しっかりと着地も決めてみせる。こんなの本当ジブリでしか、いや、今まで観たことなかった。
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