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三月のライオンの中のレビュー・感想・評価

三月のライオン(1992年製作の映画)
4.5
「愛が動機なら
やってはいけないことなんて
なにひとつ、ない」

兄妹でなければただの恋人同士やったのに、兄妹やから苦しくて罪悪感が募る。でも、兄妹やからこそ恋人として2人は愛しあえたんやと思う。
このキャッチコピーは2人の信念のようなもので、強くあろうっていう決意やと感じる。

兄妹同士が恋人や夫婦として愛し合うこと、つまり近親相姦や近親婚は、なんでタブーとされてるんか。
それは生物学的理由や文化的側面から納得のいく説明がつく。ただ、それはあくまで社会や集団を形成するコミュニティ等のある程度大きな組織全体としての話や。
他の誰でもない個人としての自分自身が、近親者に恋をしたとしたら、それを諦める十分な説明は存在せえへんと思う。人が人を好きになることに、社会全体のことや何世代にも渡る遺伝的問題のことは、関係ないように思える。
だから、愛が動機ならやってはいけないことなんてなにひとつないんや。
そういった背景があるから、近親婚の扱いは現代でも国によって違うし、多少の曖昧さが残されてるんかな。

妹がいる兄としては、妹と恋愛関係になることは絶対にないと言い切れるんやが、仮に好きになれるんやとしたら、幼い頃の思い出を共有してたり家族愛も入り混じるやろうから、確かに素敵なものなんやろうなとは思う。
マイノリティであるから疎外感や苦しみを伴うことは多いやろうけど、だからこそ幸福が増大するとこもある気がする。

アイスとハルオは2人とも社会的属性が低そうで、同性の友達が少なそうや。ハルオが記憶を失くす前から、たぶんそれは同じ。
アイスは明るくて人懐っこいし、綺麗な女の子やからすごく魅力的に描かれてるけど、実際はそうじゃないんやろう。少なくとも大衆に迎合できる性質じゃない。
ハルオの過去はアイス以上に描かれへんから分からんけど、大人として社会で生きていくには素直過ぎる気がする。解体工にぼんやり憧れて、一服のときに自販機でみんなのコーヒーを買いに走る自分自身に満足気な様子がちょっと痛い。
傷を舐め合うっていうと攻撃的やけど、同じ苦しみが分かってある程度の価値観を共有できる者同士、惹かれあうのは当然やと思う。
生きていく上で植え付けられるタブーがなければ、今を生きる我々はもっと幸せなんかもしれへん。
そういう意味で、今作は俺にとって価値観クラッシャーやった。

とはいえ、2人がこの先も幸せに過ごせるかは別問題。
2人の関係性はお互いの好意だけで成り立っているようなもんで、アイスの払っている犠牲は大きく、偏りがある関係性に見える。
美しくて正しい生き方は誰にでもできるもんじゃない。自分が圧倒的に強いか、もしくは自分のために汚れてくれる誰かが必要。
自分が妹であることを隠して嘘をついていること、売春で生活を成り立たせていること、そんな純粋さとは程遠いところで生きることはアイスにとってめっちゃ辛いことやったはず。やけど、それ以上にハルオを汚さず一緒に過ごせることはアイスにとって幸福やったんじゃないかな。
そんな罪悪感や自己嫌悪に折り合いをつけながら、駄菓子屋の夫婦や隣部屋の夫婦に憧れているアイスは、ひどく辛そうであり幸せそうでもあり、そこには人の生の美しさが満ちているように感じた。

ハルオも、本当は妹であるアイスとの関係について、葛藤は抱えてる。その葛藤はアイスへの愛の証明なんかもしれんけど、その葛藤が現実に何も変化を与えてないように思える。なんせ、頼りない。恋人としては別にええけど夫として大丈夫なんかと、勝手に思ってしまう。アイスよ、ほんまにこんなのでええんか。
アイスが出産して泣いている中、アイスを見つめるハルオの目は、なにか決心に満ちているようにも、恐れているようにも見えた。突然ふらっと消えてしまって、戻らなくなりそうなハルオが怖い。

アイスの魅力はどこにあるんやろうか。
ハルオ視点であることは前提なんやが、絶対的な存在の肯定感かな。それは繁華街のど真ん中でハルオにプレゼントされた下着を履き替えたり、帰宅した服のままシャワーを浴びるハルオに飛びついたり、非常識なくらい強くて直接的な好意が証明してる。
あと、アイスは良い嘘がつける。兄妹であることも、売春のことも、正しく嘘なく言ったって仕方ないことなんや。正しいだけがほんまじゃない。良い嘘をつけることが大人になることなんやと、アイスを見ながら思ってた。
罪悪感や、幸福が刹那のものでも仕方ないという諦め、自分を汚す覚悟。自己犠牲とも自分勝手ともとれる言動がすごく魅力的に感じる。
アイスは天真爛漫な女の子として振る舞うけど、ひとりでいるときはあんまり明るい表情をせえへん。むしろ辛そうな顔なことが多いように感じた。
売春に向かう前、公衆トイレの洗面所で明るい口紅を何度もひき直す姿が印象的やった。自分が嫌いになりそうで、でもそうすることでしか自分であれへん、だから強くあろうとする、そんな目が痛々しくて見てられへんかった。

アイスには幸せになってほしい。
社会の中で我々はいろんな役割を与えられて、それが幸せでもあり辛くもあるんや。アイスとハルオは関係性を曖昧にしていく。兄妹、恋人、夫婦、親子、本来明確な役割を持ち、境界線もなく全く別の関係性が曖昧になっていく。
アイスは駄菓子屋の妻に、私も早くおばあちゃんになりたいって話してた。恋人として、若い夫婦として、親として、いろんな役割を果たして生きてきた駄菓子屋の夫婦が、果たすべき役割から解放されてすごく自由に見えたんやと思う。
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