OASIS

アジール・セッションのOASISのネタバレレビュー・内容・結末

アジール・セッション(2009年製作の映画)
2.5

このレビューはネタバレを含みます

近未来を舞台に、家出をしてならず者達が生活するアジールへとやって来た少女ヒヨコとリーダーのアキラとの出会いを描いたアニメ映画。
監督はミュージシャンのアオキタクト。

未だ何者でもない君へ送る青春映画。
ミュージシャンが監督で「セッション」というくらいだからさぞ音楽的な要素が満載なのかなと思っていたが、演奏シーンやセッションシーンも皆無、音楽要素も薄いという肩透かし感しかない作品だった。
勝手に音楽映画だと思っていたのが悪いが、ジャンルとしてもどう分類するべきか分からないような。

刑事の父と2人で暮らし、美大を目指して勉強中の女子高生ヒヨコは母親の絵を捨てられた事がきっかけで家出を決意し、行くあても無かった彼女は同じく行き場を失った人々が共同生活する「アジール」というスタジアムに迷い込む。
そこでストリートチルドレンのリーダー、アキラとその仲間達と出会ったヒヨコはアジールでの生活に馴染んで行く。
長老の提案によりアジールでロックフェスを開催する事となるという展開は何か一つの物を皆で作り上げて行く中で一体感が生まれる青春モノの王道ではあるが、それが音楽でも演劇でも無く権力への反抗を示す大きな絵をビルに描くことというのは中々見たことの無いもので新しい。
ただ、明確な目的があるにも関わらずそのメッセージの意味がフワフワとしていてテーマ性は弱く薄いと感じてしまった。

大きな流れとしてはアジールスタジアムの住人達対警察陣営というもので、街の美化や乱れた風紀の取り締まりといった名目で表現の自由を奪う者への反骨精神が登場人物の活力となっている。
機械と人間が混じった存在=チャンポンであるアキラが皆が自由への翼を広げようとする為のシンボルとなっていて、機械化したアキラが警察達をメッタメタに薙ぎ倒して行く場面がメインに描きたかった所なのだろうと思うほどの気合の入りようだった。

父の想いに縛られて雁字搦めになってしまったヒヨコが、いつでも思うがまま空を飛ぶ事が出来るアキラと出会って呪縛から解放されるという清々しさはあるが、父が言う「母親の影を追わせたくない」という気持ちも分からなくはないので、どちらかと言えばヒヨコやアキラの若さゆえに持つ青さといった部分が良い意味でも悪い意味でも強かったと思う。

後半になって敵味方が入り乱れしっちゃかめっちゃかになると、思わずピー音で規制されるような罵声を浴びせて来る警察や、チンコ丸出しのまんまヒヨコの前に平然と現れるアキラといった変な下衆さや下ネタが作品のトーンと合わなさ過ぎて逆に面白かった。
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