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ロスト・イン・トランスレーションのKtoのレビュー・感想・評価

4.8
この時代、このロケーション、この俳優陣でしか創れないという点で、奇跡的な傑作になってる。

SNS時代到来の前夜、コミュニケーションにまだアナログの手触りが残っていた頃。2000年頃の"Tokyo"の生温い空気が、最高の背景となってる。
歌舞伎町にはプロミスが大々的な看板を掲げていて、民放では外国人をまだ異物的に取り上げている時代。

●ボブの魅力が凄い
ソフィアコッポラが、この役には彼しかいないとビル・マーレイを追っかけ回して出演を頼んだというのも納得。奇々怪界なTokyoに翻弄されながらも、トゲがなく笑いに変えてしまう困り顔の名手は彼しかいないと思う。コリンファレルでは若過ぎるし苦悩が滲んでしまう。中年の危機を迎え、倦怠期の夫婦関係にうんざりするも現状維持を続けてしまう様な、活力を欠いた男である必要がある。

「バーガンディ?どれだよ」からの「君の選んだバーガンディが最高だよ」は笑った。あのストレスフルなFAXのやりとりも、わざわざ日本出張中に労力をかけてやられるっていう妻の本気度と滑稽さの表現として必要不可欠だし、SNSで写真付きでやられたら全く意味がない。

●鑑賞前に甘酸っぱいお洒落恋愛映画というレッテルを貼ってたのを後悔するくらい、最高のコメディだった。
止まらないトレーニングマシーンに翻弄されて"help!"っていうところと、"リップマイストッキング"のくだりが面白過ぎる。これもビル・マーレイしかできないって…。後半に出てくる「日本人がrとlの発音を分けられない問題」に繋がってくるんだけど、それに対するボブの回答も「ふざけてるんだよ。」っていう斜め上を行く破壊的な回答で度肝を抜かれた。

●日本が圧倒的に他者である必要性
それぞれに空虚さや孤独を抱えた二人が出会い、親密になるための舞台として、日本が「異質で非日常な世界」でなければならなかったと思う。そのためには溢れんばかりのネット情報や、英語が堪能な日本人や、優秀な翻訳アプリが出てくる以前でなくてはならなかった。寺のお経を聞いて何も感じなかったと泣いてしまうくらい可愛げのあるピュアな勘違いが、そのまま野放しにされるくらいには、まだ寺院の神秘性が保たれていなければいけなかった。

出てくる日本人も、街と同様に奇々怪界である必要があった。なので多少デフォルメされた日本人が多いのも許容しなければならないし、なにより彼ら(脇役の日本人)がコメディアンとして圧倒的に面白いので、何も言うことはない。

病院の待合室のベンチの会話が一番笑ったかもしれない。後ろの席の婦人二人も笑い堪えきれなくなってたけど、あれは演技なのかな。

軽薄な白人女優 ケリーに"輪廻"を語らせてその内容の薄さをメタ的に映してるくらい、ソフィアコッポラが日本文化に造詣が深い(実際に留学経験もあるそう)ことは明らかであり、上記のようなデフォルメを「敢えて」行っていることは議論の余地はないと思う。だって、エンドロールではっぴいえんどを流すんだよ…?

●SNSがなくて良かった。
きまづいしゃぶしゃぶを経て、釈然としない別れになるのかと思いきや、思わぬ形で二人が再接近する契機となるのが火災報知器である。ここで火災報知器を利用するのは天才的だと思った。

ここから最後までの流れは感想を言うのも憚れるくらい美しい。

この時代に、FacebookやInstagramがなくて良かったと心から思う。西口でシャーロットの後ろ姿を見かけても、写真撮ってmessengerで送って「またアメリアで会おう」なんてダラダラチャットをつづけてしまうだろうから…。
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