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別離のKHのレビュー・感想・評価

別離(2011年製作の映画)
4.2
年間ノルマ60本中27作品目。
『別離』観させて貰いました。
ずっと観たいなぁと思っていましたが、アマゾンプライムからそろそろ無くなってしまうとわかってようやく重たい腰が上がった次第であります。
腰が重たかった理由は、馴染みのないイランの映画ということと、つまりはそこから派生する馴染みのない宗教観や、国際問題等に僕自身があまりに勉強不足であり、
正直理解できるのかどうか怪しかった事が1個目の原因です。
もう一つあるとするならば、タイトルから馴染みのない国の馴染みのない宗教観で、とある家族がバラバラになってしまうような鬱展開であればちょっとHPにかなり余裕がなければ無理だなぁと予感していた事が多くの要因でした。

しかし結果として見てこの作品がそれなりに評価を得ている理由がよく分かりました。

まずは、率直にネタバレなしでの感想を述べたいと思います。


『非常にビビりました。めちゃくちゃ面白いです。作品の内容的には先に挙げたような懸念材料は無論多くのファクターとしてありましたが、それをしっかりとわかりやすく、
予習もしてない僕でも理解できたという事。
また、それを口で説明せずとも映像として見せてくれる上手さもあり、ちゃんと一つ一つのシーンを大切に作り上げていると感じました。そして単純に話が非常に面白かったです。面白いというのはちょっと表現が違いますが、とても惹き込まれました。
この話の行く末がどうなってしまうのか全く予測できない部分と、そしてそれを大きく覆してしまうエンディングに、涙こそ出ないにしろしばらく考え込んで今日1日はほとんど何も手につかないほどです。是非あと数日で見れなくなってしまう前にアマプラで見て欲しいです。非常にお勧めできる一本です。』


主演のナデルとシミンを演じた二人も勿論ですが、登場している役者が本当に素晴らしい演技をしていたと感じます。
一瞬本当にこう言ったドキュメンタリー番組でも見ているかのような気分にさえ思えてくるナチュラルな演技だと思います。
本当に素晴らしかったです。


またここからはネタバレを含みますので、まだ観てない方はここらで戻って頂き、


まず僕がこの作品を通して気になってしまった点ですが、

妻シミンが何故海外に行きたいのか?
という部分です。

作中に海外に行きたい理由がしっかりと描かれる事はなく、抽象的ではありますが、ナデルからは『君は戦わずに逃げる』という事が直接海外に行かなければならない理由なのだと想像はできます。

また、娘のテルメーからは『ママが家を出たからパパが監獄へ行く羽目になった』と言われており、
今回の事件に関しての一番の被害者はテルメーであり、ソマイェだなと感じます。

また、ここからはあくまでも想像ですが、
シミンが国を出たい理由は、一つ宗教観による女性の息苦しさがあるように感じます。
仕事に来たラジエーは粗相をしてしまったアルツハイマーの祖父の体を洗いたいが、
それが宗教的に犯罪に当たるかを電話している描写があるので、
妻となった女性が肉親ではない異性に触れてはいけないという教えがあるのだとわかります。
また、女性は体型の分かりづらい服装を強いられており、頭にもヒジャブを巻かなければならないなどの要素が作中に多く登場するので、シミンが国を出たい理由としてこれが一つあり得ると感じました。他の多くの女性の登場人物が真っ黒なヒジャブを羽織る中、
シミンだけが水色のヒジャブを申し訳程度に巻いていることからもちょっとだけ反骨精神みたいなのが見えます。

また、テルメーもまだ子供とは言え、
しっかりと勉強のできる聡明な子供ではあるが、イランという国が女性に不自由な環境であるならば、この国でそのまま成長させては子供が不幸になってしまうと感じたのかも知れませんし、少なからずシミンの親心なんだと思います。


また、父ナデルはセルフのガソリンスタンドでテルメーに給油をさせ、その上で店員にお釣りはチップだと、ちょろまかされた事を自分で説明して取り返して来い、というシーンがありましたが、ナデルはこの国で生きていく娘にとっては強く言いたい事を言わないと騙されたりしてしまう事を、父として正しい教育をしているシーンだと感じます。


またこの国には目に見えて収入格差を感じます。
ラジエーとホジャット夫婦が明らかにナデル夫妻とは違い、ホジャットは失業しており、夫には内緒で、妊娠中の身でありながら長距離を通勤し、働かなくてはならない状況下であることから、
イランという国の情勢にも触れていました。
以上の3点が理由でおそらくシミンは国外への可能性を感じそれを実行しようとしたのはめちゃくちゃわかります。


が、認知症の父を置いては行けないというナデルの理由も無論わかります。わかるからこそ辛いんです。辛く、一緒に国外へ行けないのならば離婚だというシミンの発言は冒頭で少し暴論のように感じます。
彼女が家を出たせいでこんな事になってしまったという認識が僕自身かなり強まっていましたが、結果としてラストまで見てそうではないという結論に至りました。

結論としてこの作品の中には誰も悪い人間はいないという事がわかります。
全員が少しずつ悪く、また何故悪いのかと言われればそれは家族を守るためだったり、不幸にならないようにするために付いた嘘によって結果として最悪の事態になってしまっていることがわかります。

作品中盤、ナデルとラジエーで簡易裁判みたいな、事情聴取が執り行われますが、
争点が『ナデルが妊婦だったと自覚していたか?』という部分でしたが、
結論としてナデルは妊婦だと自覚していたにも関わらず、彼女を押した事を隠し、

また、ラジエーは認知症の祖父が外に出た際それを助けるために車に撥ねられた事を隠したまま、ナデルを告訴し、慰謝料を請求しようとしておりました。

ここの話が大きく転換するところが非常に絶妙であり、罪を認める気はないが、娘に危害が及ぶので、結果として示談金を払う事でこの件を収めようとしたナデル夫妻。

また、もし本当にナデルが胎児を流産させたと思っているのであればコーランに誓ってほしいと言われ、
これ以上の嘘は結果として家族を不幸にしてしまうと思い、信心深さから結果として真相を話してしまうラジエー。
見ていて非常に辛かったです。 
しかし、ラジエーは事前にシミンにナデルは胎児を殺していない事をつげ、絶対に示談金を払わないでくれとお願いしたにも関わらず、この件を示談で収めようとしたのは結果としてシミンであり、
ナデルがコーランに誓わせるとは思っていなかったのか、
結果としてやはり宗教観の相違が夫婦間にもあった事がわかります。

エンディングでは、テルメーがナデルとシミン、どちらと一緒に暮らすかを尋ねられる展開となりますが、
二人の前では言いづらいので、
ナデルとシミンは部屋を退室し、扉を挟んだ席でその結論を待つというところで終了となります。

この作品において、父と母、どちらに罪があったにせよ、どちらかを選ばなければならないテルメーは一番の被害者となってしまい判事に選ぶように促された時には何粒も涙を流してしまう。
もう本当に辛くて辛くて、また、本当にどちらかが選ばれてしまうのか?という恐怖心もあり、むしろ最後までどちらかを選ぶ事なくエンディングになったのはこの作品ではむしろ救いだったのかなと感じます。

そのスタッフロールの余韻こそがこの作品の問題点を一体誰にどう解決できたのかと悩ませるには十分すぎるほど絶妙な時間だったように思います。
もう本当にすごい‼︎素晴らしい映画でした。まだ、そこまでですが、ぶっちゃけ上半期一位な気がします。

長くなってしまったので、この辺にします。
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