IMAO

おかしな奴のIMAOのレビュー・感想・評価

おかしな奴(1963年製作の映画)
4.4
エンターテイメントと社会派の美しい融合が、この作品にあると思いました。僕は映画は基本エンタメであってほしいと思っていて、あからさまに社会派を謳ったような作品はあまり好きじゃない。もちろん、好みもあるだろうし、所謂社会派の映画にも名作はたくさんある。
でも映画は気楽に観れて、数日(時には数年)経った時に「あの映画で本当に訴えたかった事は、実はそういう事だったのか?」と気づかされる様な演出が好きなのです。この作品は、まさにそういう映画だと思いました。

日本が第二次世界大戦に向けて軍国主義化していた時代。青年・高水春男(渥美清)は軍隊に入ることで国につくそうと考えていた。しかし、生来の近眼のため徴兵検査で失格となる。落語が好きだった彼は噺家になることで、身を立てようと上京する。やっとの思いで弟子入りし、周りの助けも得て次第に落語家としての頭角を表してゆくのだが…

この映画の制作者たちは、もちろん戦中を生き抜いた人々だ。だから戦前、戦中、戦後で起こったことを渥美清というフィルターを通じて、軽やかに語ってみせる。この時代の映画を数本観ればよくわかるが、この世代のクリエイターにとって、何かを創り上げることは本当に贅沢なことだったのだろう。多くの友人・知人を戦争で亡くしたり、痛手を負いながらも、彼らは生き残ったのだ。そうした経験を経た者たちは、生きることに対して、今の時代の人よりもきっと違う何かを感じていたに違いない。その空気感がこの映画にはまざまざと刻まれているが、それは渥美清というフィルターを通すことで、決して近寄り難いものではなくなっているし、一見軽やかな作品にさえ見える。そこがこの映画の恐ろしさでもあるし、渥美清という類稀な才能の証左でもあると思った。

渥美清はもちろんだが、佐藤慶、田中邦衛、三田佳子、南田洋子など脇を固めるキャストも本当に素晴らしいし、彼らを生かした良い演出がなされている。
IMAO

IMAO