クシーくん

新源氏物語のクシーくんのレビュー・感想・評価

新源氏物語(1961年製作の映画)
3.5
NHK大河ドラマに合わせたか、珍しくBSプレミアムシネマで古い邦画をやっていたので思わず観た。
たった102分であの長大な物語を描き切れるのか?前篇後篇で分かれるのかと思ったが、細かい部分はすっ飛ばしつつ、須磨に退去するまで。紫の上の扱い方も中途半端になってしまっていた。

川口松太郎の同名原作小説の映画化。「新」とは吉川英治の新平家のような物か。ストーリーこそ基本的には原典に忠実だが、人物像は川口松太郎の手によるものか現代(昭和)的な解釈が加えられている。

その最も大きな例が末摘花(水谷八重子)だろうか。全然醜女ではない上に価値観に囚われない自由な女性として描いている。源氏にとっては所詮現実逃避の遊び相手でしかないのだが、人間的には彼女が一番魅力的だ。
一方で六条御息所(中田康子)はその妄執から生霊を飛ばし葵を苦しめる所までは一緒だが、途中から半ば自らの意思で生霊を派遣してしまっている。自分の意思とは無関係に自らの執念を捨てきれず、かつ人を苦しめることに思い悩む六条御息所の人間らしさが好きな私としては正直残念な改変に思う。
葵は夫との関係が極めて冷淡な点は同じ、ただし父と兄の前で源氏の女性関係を痛烈に批判(しかも自分が懐妊した事への祝いの席で!)、どうしようもないクズ夫に半ば愛想を尽かしつつも、捨てきれない哀れな女になっていた。演じるのは当時28歳の若尾文子、絶世の美女!申し訳ないけど源氏が若尾文子を顧みずに寿美花代に執心するのはちょっと弱かったと感じたが、まあそこは好みの問題か。
その藤壺はというと、嫌よ嫌よも好きの内で、源氏を拒絶しつつも深く愛しており、愛欲の渦に飲まれていくのは如何様昭和文藝的な川口流解釈。二度目の逢瀬では謎の独白を長々語っていたのはちょっと笑った。
朧月夜尚侍(六の君)を演じるは当時22歳の中村玉緒。非常にキャピキャピ(死語)で元気溌溂、色恋に興味津々の小娘を情感たっぷりに演じている。昔から上手いなこの人。

肝心の源氏だが、市川雷蔵の繊細さが加わったせいか、妙に陰気で悩める青年のようになっていて、それでいってやってる事は原作通りのやりたい放題なのでなんともちぐはぐな印象。雨の降る薄原で慟哭する源氏はやり過ぎじゃないっすかね。別の映画かと思ったよ。
あと北山の尼君から紫の上を強奪するシーンは、娘を失った出家の身、唯一の生き甲斐とも言える幼い孫娘を性欲ビンビン男に突然奪われ、馬でスタコラ逃げていく源氏の姿を、竹藪の向こうから呆然と眺める北山の尼君が余りにも気の毒で、本当にこんな奴が主役で良いのか?という疑念が拭いきれなかった。

大映歴史大作映画らしく、衣装と舞台に金がかかっていて見応えはある。特に紅葉賀の華やかな奉納の舞は思い描いた通りで素晴らしい。ただ、物語としては余りにもダイジェストに詰め込みすぎた為か、一人ひとりの人間像は面白いが、細かい心理描写がややおざなりで精細に欠いたように思う。
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