かなり悪いオヤジ

バージニア・ウルフなんかこわくないのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

4.0
1962年に初演が公開されたエドワード・オールビーによる戯曲の映画化作品。ほぼ屋内で繰り広げられる男女4人のみの会話劇は、現在公開中の『イニシェリン島の精霊』同様、舞台監督経験者のマイク・ニコルズが初映画監督をつとめている。脳内妄想を現実世界のように描いている『イニシェリン...』に対し、こちらは夢と現実の区別がつかなくなったある中年夫婦の物語である。

地方大学歴史学部の助教授ジョージ(リチャード・バートン)とその妻マーサ(エリザベス・テーラー)。どこかで飲んですでに相当出来上がっているマーサを迎えにいったジョージは、家につくなりマーサの悪態を聞かされる。どうも学部長の娘であるマーサは、いつまでも助教授のままでいるジョージの弱腰がお気に召さないらしい。そこへマーサが自宅に招いたという20代の新任教授夫妻が訪ねてきて.....

髪はボサボサ、下半身にでっぷりと贅肉がついたテーラーが、チェーン・スモーカーのアル中オバハンに扮しているのだが、注目すべきはなんといっても、酒乱妻マーサに付き合って奇怪な行動をとり続けるジョージを演じたリチャード・バートンであろう。私は、妻と一緒にアル中地獄へと堕ちてあげる『酒とバラの日々』のジャック・レモンとジョージがかぶってしょうがなかったのだが、深い絆で結ばれた夫婦愛とはこういうものかと、感心させられたのである。

そんな破綻夫婦と対照的な野心家の生物学教授と資産家の娘の若い夫婦。酒をがぶ飲みしてはすぐにトイレへ駆け込む奥さんにある秘密が隠されているのだが、これがマーサがアル中に堕ち狂ったように旦那に悪態をつく原因の伏線にもなっているのである。オールビーはおそらく、ジョージ&マーサの20年前の姿をこの若い夫婦に重ねたのではないだろうか。愛し合っていたはずの夫婦が、なぜ夫の前で平気で浮気をするほどにまで破綻していったのかを観客に想像させるために。

そして、この映画(戯曲)の残されたもう一つの謎についてもふれておかなければならない。タイトルに冠せられた“ヴァージニア・ウルフ”との関連性である。『ダロウェイ夫人』の作家としても有名なヴァージニア・ウルフは、ユダヤ人夫レナートを人前ではレイシストばりに小バカにしていたらしい。ヴァージニアには本作のマーサ同様躁鬱の気があり、最愛の夫への遺書を残しポケットに石をつめ入水自殺している。

ジョージ夫妻が怖れたのは、いずれ鬱病を発症したマーサがウルフと同様に自殺してしまう可能性だったのではないだろうか。それがわかっていたからこそジョージは、マーサの狂気に付き合ってダメな夫を演じ続けたのではないだろうか。ジョージがマーサに精神病院への入院をすすめた理由も、おそらくそれが理由なのである。人前ではお互いを蔑み、悪態をつき合っていたジョージ&マーサ夫妻同様、ウルフ夫妻もまた子宝には恵まれなかったという.....