Smoky

悲情城市のSmokyのレビュー・感想・評価

悲情城市(1989年製作の映画)
4.4
侯孝賢監督による台湾映画の金字塔。台湾という国(国際社会では正式に承認されていないけど…)の複雑な歴史を学べるだけでなく、成熟した民主主義をベースに彼等が東アジア諸国の中でも社会・経済において進歩的であることの原点を感じる作品。とにかく語るべき適切な言葉が見つからないくらい圧倒的なパワーを持つ映画。

去年観た楊德昌監督の『牯嶺街少年殺人事件』と共通しているのは、パーソナルなレベルの物語を丹念に描く中から滲み出るソーシャルなレベルのメッセージ性を強く感じること。しかもそれらが、幼稚で煽情的な演出や浅薄な説教臭さが一切排除され、映像芸術としても高いクオリティで表現されていることが素晴らしい。

驚くのは、この作品が台湾の黒歴史である「二・二八事件」を題材にし、戒厳令が解除され、言論・表現の自由が保障された僅か2年後に公開されたこと。さらに驚くのは、監督をはじめとした映画の製作陣が本省人と外省人の混成チームだったという事実…。
都合の悪いことから目を逸らしたり、自らの偏狭な解釈に拘泥せず、批判や怒りの感情を排して歴史的事実を描く知性と胆力に畏敬の念を感じる。
昨今の同性婚を容認する司法判断やプラスティック製品の使用削減などに代表される先進的な取り組みをコンセンサスに出来る彼等の国民性の一端を垣間見た気がした。

この映画によって九份が有名になったらしいけど、トゥーリスティックで人でごった返す現在の九份(故に、個人的にあそこへは未だに足が向かない…)とは全く異なる当時の「場末感」に驚いたけど、金鉱で栄えた町の歴史を考えれば当然だよな…と。
食事のシーンが多くてどの料理も美味しそうだし、議論で白熱したり喧嘩しそうになるとすぐに皆でお茶を飲んだり、要所要所でのライフイベントの挿入などが、この映画の視点があくまで家族とその生活であることを物語っているし、そのシチェーションや構成員が変化する映像(ラストはほぼ崩壊状態…)を何度も同じアングルで見せることで、逆に彼らに起こった残酷な現実が浮き彫りになる、という絶妙な手法。

そして、なんといっても、若かりしトニー・レオン様の演技と佇まいが素晴らしい。各々が言いたいことを勝手に言い放つ登場人物が多い中で、聾唖者を演じる彼と恋人との筆談によるコミュニケーションのシーンだけが、時間が止まったような、パーソナルな空気が醸し出されていて、物語の俯瞰視点と良いアクセントを生み出している。


繰り返すけど、本当に凄い映画に遭遇してしまった。今後、何回も観返すに違いない名作。

5/18追記

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