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栄光のランナー 1936ベルリンのTSのレビュー・感想・評価

4.1
【競争で人種を超える】
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監督:スティーブン・ホプキンス
製作国:フランス・ドイツ・カナダ
ジャンル:歴史・ドラマ
収録時間:134分
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昨日はファーストデイだったので三本見てきまして、この三本の中では世間的には『シングストリート』が一番良いとされてますが、個人的にはこれが一番良かったです。

1936年のナチス政権下のベルリンオリンピック。短距離走でメダルを目指すアメリカ出身の黒人がいた。その名もジェシー・オーエンス。人種差別が色濃く残る当時にて、ジェシーは快挙を成し遂げる。

僕は評論家でも何でもないのでとても普遍的評価など出せません。自分が感じたことを書いてはっきりと好き嫌いをわけています。思えばやはり、歴史学科に属していたということもあり、歴史・伝記映画にはめっぽう弱いです。ちなみに最も苦手な分野はミュージカル映画であり、『シングストリート』はその延長線上にあると思うので、個人的に傑作とまで行かなかったのかもしれません。今作はジェシー・オーエンスという実在した選手の伝記映画だけでなく、当時のベルリンオリンピック、ナチスの思想なども垣間見れるので歴史映画といっても間違いではないでしょう。

彼は才能はあるが二つ問題がありました。一つはコーチに教えてもらい努力をしたことがなかったこと。もう一つは人種的な問題です。極端なアーリア人第一主義を掲げるナチス政権下からするとユダヤ人を筆頭に有色人種は虫螻扱い。歴史で学んで彼らの感覚を掴んだつもりですが、黒人を嫌がってる人からすると、本当に彼らがゴキブリのように見えるらしいです。ちょっと考えられない感覚です。そんな彼らが世界でも名誉ある大会に出場し、メダルなんて取ってしまえば。。という悪しき事情も重なってくるのです。

面白いのが、ナチスのヒトラーが控えめに出てくることです。チョビヒゲに帽子なので明らかにヒトラーなのですが、彼が出ているにも関わらずこれ程彼にスポットライトを当ててない作品は初めてです。皮肉でしょうか。一言も声を放ちません。ところが彼の行動が「人種差別」の全てを物語ってます。このあたりは斬新な表現だと思いました。

ナチスからするとベルリンオリンピックは自分たちの政権を世界に知らしめるのに非常に有効な「代物」です。なので、ここでメダルをとって世界に証明しなければならない。そこに立ちはだかるジェシー。民衆はジェシーの味方です。歓声に埋もれるナチス上層部の人たち。このオリンピックの円内こそ、良い意味での「世界の縮図」と感じました。人種を超えて勝負をし、民衆に応援される。そして例えば黒人が勝てば、自分たちも出来るのだという自信に変わります。ドイツ代表にもナチス政権に不満を持っている人もいる。その彼がジェシーと握手をし、肩を組みながら円内を走るのは感動シーンと言えるでしょう。

今作の原題は「race」です。いつも邦題に文句をつけますが、今回は良いと思います。この原題は、英語でしか表現できない上、邦題は全く違うものに変えてしまったのでしょう。「レース」なんてカタカナ表記にしていたらそれこそ噴飯物です。カタカナ表記にしてしまうと、競争のレースしか意味をなさないからです。raceは競争の他に人種という意味もあります。競争で人種を超える。全くもって素晴らしいタイトルと思いました。これは無闇に邦題に出来ないので、『炎のランナー』に類似させた『栄光のランナー』に潔くしたことは英断だったのではないでしょうか。

また、個人的には、最後まで映画を撮り続けるあのナチス側の女性にも目がいきました。オリンピックの記録、、映画、、これはもしや。と思い調べなおしてみるとやはりそうでした。前々に、ドキュメンタリー映画をパラパラと検索していた時、『美の祭典』、『民族の祭典』というものがあったのを覚えてます。これはオリンピックの記録映画だそうです。これを撮った人はレニー・リーフェンシュタール。そう、今作で映画を撮っている女性と同一人物です。つまりこの二作は、今作のベルリンオリンピックを記録したものなのです。なるほど、このあたりの伝記もジェシーに並行してさりげなく映しているということで深く納得させられました。
この二作は、単なる記録映像なのでつまらないという意見を聞いていましたが、実際のジェシーも映っていると思われますのでかなり興味が湧きました。簡単には入手出来なさそうですが。

やや不満だったのが短距離走のシーンです。カットがバラバラで迫力に欠けますし、肝心な戦いのはずなのにどこか締まりがない。なので、競技自体の迫力に関しては期待しない方が良いかもしれません。
また、肝心のアメリカが今作の製作に携わってないことが大変遺憾でならないです。ここ最近までジェシーはアメリカで認められてもいなかった。もちろん、その根底には人種差別があるでしょう。そのような背景があり今作に関与していなかったのかと思われました。しかし、総合的には非常に勉強になる映画だと思われました。ナチスにこの映画を見せてやりたいものです。
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