Kamiyo

イージー★ライダーのKamiyoのレビュー・感想・評価

イージー★ライダー(1969年製作の映画)
4.0
1970年”イージー・ライダー” 監督 デニス・ホッパー
脚本 ピーター・フォンダ .デニス・ホッパー.
テリー・サザーン

この作品では普通の映画と違い派手なアクションもないしラブストーリーもない。
表はロードムービーというジャンルであり裏はアメリカ社会への批判と皮肉を描き出した映画でもあるという事を知っておいてほしいです。

フルメッキのハーレーを駆ってグランドキャニオンを背景に荒野を走る颯爽とした様、道中何度となく野宿する場面など、ピーター・フォンダが望んだ現代版西部劇という
コンセプトは所々に見られる。
オープニングで登場するメキシコ人麻薬売人の根城などは正に西部劇調だった。

僕らの世代にとってはステッペンウルフの主題歌とともに忘れられない映画のひとつ。アメリカン・ニューシネマの代表作と今は言われているが、当時はこの映画に登場するヒッピーたちにそれまでアメリカ映画が描いてきたところの男のヒロイズムが皆無であったことが新鮮に映った。
それがつまりはアンチ権威を公表するニューシネマということだった。

イージー☆ライダーが制作された60年代のアメリカは、公民権運動や女性解放運動が盛んになる一方で、ベトナム戦争にのめり込み、それまでの自由に対するアメリカの
価値観が内外で大きく揺らいだ時代だ。
ベトナム戦争の頃に、アメリカでは様々なマイノリティが台頭してきたと聞きます。従来の慣習に反旗を翻して、
抵抗を始めたのは正に過渡期と言えるでしょう。
その一つのマイノリティがヒッピーであったわけで、
それを拒絶する従来型の人々は本当にヒッピーを手厳しい目で見てたことが伝わります。
それでも反社会に徹する、ピーター・フォンダとデニス・ホッパーが演じた主人公二人は「自由」を満喫してたのでしょうか…。
ステッペンウルフの「Born to Be Wild」が強烈な印象となって耳にこびりついたのだ。
当時は映画音楽は独立したもので、既成のポップ・ミュージックが使われることはなかったが、
1967年の「卒業」でサイモン&ガーファンクルの曲が使用されたのが最初として、状況が変わった。
しかしハードロックは依然論外の扱いで、この作品で独特の形状のチョッパーを呼ばれたオートバイに
またがりP・フォンダとD・ホッパーが疾走する画に、
初めてかぶさったのだ。

ジャック・ニコルソンの存在も良いアクセントになってました。主演二人と知り合い、どれマリファナでも吸ってみようかというノリは、同世代にしか共有できない気持ちではなかったでしょうか?
ジョージ(ジャック・ニコルソン)が、ビリー(デニス・ホッパー)とキャプテン・アメリカ(ピーター・フォンダ)に語りかける話しがそれを表している。

「アメリカ人は自身の自由について語りたがるが、
より自由な人間に出会うと、それを恐れる」
それまで自由が押さえつけられていた黒人や女性の権利が広がっていくことで、アメリカの古い価値観が崩れかかっていたことが判る。
ジョージの持論によって、
この映画の主張は明確に表現されました。
「アメリカ人は自由を証明するためなら殺人も平気だ。
個人に自由についてはいくらでも喋るが、自由な奴を見るのは怖い。怖がらせたら非常に危険だ。」
この台詞、まさに21世紀初めのアメリカにぴったりの言葉です。それだからこそ、この映画の価値は未だ高いのです。

そして、唐突なエンディングである。
農夫らしきトラックの男は、なぜ本当に撃ったのか?
倒れたビリーを見たワイアットはトラックを追って
何をしようとしたのか?
そして、トラックはなぜ引き返したのか?
唐突かつなぞの多いラストではあるが、
映画史に残るラストシーンだ。
Kamiyo

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