中学生ぐらいの時、NHK教育テレビで見て感銘を受けたような記憶があり、長いこと見たいと思っておりましたが、ジュネス企画のクラッシク映画のソフトがAmazon Primeで大量配信になっていたその一本で見ることができました。
今見ても面白かったのですが、印象が結構違います。
主人公は貧しい宣教師の家の育ちの美男のホテルボーイの設定ですが、悪気はないがあまりものを考えない流されやすい男性なのですね。
ホテルで金持ちの令嬢から高額のチップを貰えば舞い上がり、遊び帰りに友人が子供を車ではねれば、すぐに逃げ出してひき逃げに加担してしまう。
その後職を転々とするうち金持ちの叔父が工場を経営していることを思い出し、そこに勤めることになる。
部下の女工と恋仲になるが、その後街で金持ちの令嬢に声をかけられそちらに夢中になってしまう。
女工は妊娠し、彼女を殺そうと旅行に誘い出すが、覚悟を決めて結婚をしようと思ったときに事故で彼女は溺れ死んでしまう。その裁判の行方は?という映画です。
最初に青少年を育てるあらゆる人に、という言葉が水面をバックに映し出されます。
それもあってか、映画では主人公を犯罪に導いたであろうあらゆるきっかけが丁寧に語られるのですが、それがリアリズム的に社会批判になっているかというとそうでもない。でも、見る人が察することはできます。
息子を思う母が最後に面会に現れますが、その言葉が結構怖い。親子関係に『母なる証明』に近いものを感じました。最もこの母は放任スレスレの子育てですが。難しいですね。
原作はアメリカ自然主義文学の傑作と言われるシオドア・ドライサーの小説。映画と同タイトルで翻訳が出ています。
最初のテロップに話を戻しますが、確かに緩いネグレクトのケーススタディとしては適切な事例だな、という説得力はありました。
(2022年2月12日記)