「退屈な夢の中に入ってきて、私をいきなり驚かせてよ」
ぼくはこの映画と同い年です。レビューのためにちょいと調べて今さっきその事実を知ったばかりです。時計の長針を2、3目盛り戻したその瞬間に知った事実。だけど、確かな確信があります。この作品はぼくなんかよりはるかに長生きするだろうって。
軽妙洒脱。なんだか村上春樹の小説を読んでいるような心地です(ぼく個人の意見です)真っ向に捉えず意表を突くような「ええ?」と言わせ、でも「ぎゃふん」と言わせて驚きを無理やり引っ込めちまう頼もしい小洒落た雰囲気。小説にしたら、手帳にメモして、ぼんやりしたい時に、ふっと手帳を捲って不敵にニヤリとしたくなる台詞がたくさん、憎いほどあります。何度ストップして台詞を拾ったかわかりません。おかげで収録時間の1.5倍はかかりました。パンケーキが焼けますよ。
ストーリーはシンプルです。認識番号が違う2人の警官が失恋中に新しい恋人に出会うだけの話です。起きた出来事から無駄な話を削れば3行で、はたまた2行でまとめられそうな単純な話なのです。が、この作品をスリムにまとめることはこの作品の「最高」って文字の「高」を「低」に、そうだ、高度を変えてしまう愚の骨頂ですよ。駄目だ。無駄な台詞も場面も無くて当たり前なのです。
〜警官223号の場合〜
「4月1日にフラれた。エイプリルフールに、だ。その日から毎日欠かさず5月1日が賞味期限のパインの缶詰を買い続けている。パインは彼女の大好物だった。さらに5月1日はオレの誕生日。30缶買い終えた時にパインの賞味期限が来る。そして恋の賞味期限も切れるってことだ」
無情にも30もの缶詰が彼の部屋に積み上げられる。愛犬と一方通行の言葉のキャッチボールをしながらパインを黙々と食べ続ける。
失恋中の彼には贔屓の球団の勝利より話し相手が必要だ。片っ端から知り合いに電話をかけまくる地球最強のかまってちゃんになる。誰も彼も忙しい。彼の存在は駅のホームに置き忘れられた古い新聞と同じ。
バーでエグい色の金髪と黒目より黒いサングラスの、いかにも関わらないでちょうだいって顔の女に大胆不敵にも絡む。彼は聞き逃していた。数時間前に彼女とぶつかった時に、彼の人生をずいぶんと左右する意外に大切なスイッチが入った音を。
「その時彼女との距離は0.1ミリ。57時間後ぼくは彼女に恋をした」
〜警官663号の場合〜
「何が好き?」
「サラダさ」
663号は素晴らしきヒコーキ野郎。そして制服フェチ。キャビンアテンダントの彼女とヒコーキごっこをするのが人生最大の楽しみの、とんだ浮かれたヒコーキ野郎だった。
でも飛行機が飛び立つのは何も飛びたいからではない。もちろん陸地が恋しいからだ。彼女もヒコーキと同じように飛んで行った。
「その時2人の距離は0.1ミリ。6時間後彼女は別の男に恋をした」
飲食店で働く、エラを削った深津絵里みたいなショートヘアの店員のフェイも地表に足をつけてない類いの女性だった。パトロール中の663号とヒコーキに乗りたいって不思議な気持ちが芽生えた。芽生えちまったからには飛ばなきゃ仕方ないのだ。
昼勤で留守中の663号のアパートに侵入して彼の色を変える。立つ鳥は後を濁さないから、濁された巣はさっぱりキレイにしないといけない。許可無くベットに寝転び、シーツも一新、クローゼットの中身も冷蔵庫みたいに新鮮なものを詰め、元彼女からの留守電はちゃっかり消去し、小腹が空いたら彼の部屋でラーメンを啜る。食器はきちんと洗う。
「何故急に太ったんだ?前は貧相なガリガリだったろう」
石鹸の体調を心配する663号。
「お前は個性を失ったな。彼女が去ったからか?お前は泣いてる方が似合うよ。タオルが泣くのを見るのは嬉しいね。本質は前と同じ多感なタオルなのは変わらないんだよ」
タオルを洗濯機で泣かせる663号。
「ついに部屋が感情を表すようになったか!こいつ泣いている!」
水浸しの部屋を雑巾で慰める663号。
「最近色んなものが綺麗に見える」
そらそうだ、全てはフェイの仕業…663号は頭上に隕石が降ってきても上手に口笛を吹くおめでたい野郎。地球最強の鈍感野郎なんだ!
ようやく663号とフェイの運命が交差する瞬間が来そうだった。カリフォルニアで会う約束をする。約束の場所をまさかアメリカのカリフォルニアだと思う人はいまい。が…
「ぼくらはお互い違うカリフォルニアにいたようだ」
惑星クラスの浮かれ具合です。そりゃ恋する惑星って言われても仕方ない。
「カリフォルニアにいたら本物のカリフォルニアに行きたくなったの」
すごい作品を観ました。良かった、最大限の感動を込めた一言です。