むさじー

さらば愛しき大地のむさじーのレビュー・感想・評価

さらば愛しき大地(1982年製作の映画)
3.8
<社会の変化に翻弄される人間の業>

暗く、重く、切なくと三拍子揃っていてユーウツになるのだが、過剰な程のリアリティが胸に迫って、その息苦しさが心に残る昭和の名作。
まず役者ありき。主人公・幸雄は、我が子や家庭という拠り所を失い、救いを求めてクスリへと走るのだが、その怖さを知りながら誘惑を絶てずに堕ちていく生き様が鮮烈で、それを演じる根津甚八が凄い。
そして、デビュー以来いわゆる「女優らしくない」素の魅力を放っていた秋吉久美子が、見事な存在感で薄幸のカワイイ女を演じている。彼女が歌う少し調子のはずれた中島みゆき『ひとり上手』は、やり切れない孤独感を湛えていて、それを聴いた幸雄は深くうなだれて涙ぐみ、いたたまれずに店から飛び出した。二人のやり場のない悲しみが伝わってくる。
時代は高度成長期末期で、それまで勢いよく進めてきた工業化と、疲弊していく農村が共存していて、若者は地道な農業を継がずに容易な仕事を求めて村を捨て、残された者はムラ社会の閉塞感と、そこから抜け出せない呪縛感にさいなまれる。本作の幸雄は、農家の長男である重荷と自由な弟への嫉妬から屈折した心情が芽生え、やがてクスリに溺れて廃人になっていくが、その姿は工業化によって破壊された田園風景に重なって見える。
イタコの口寄せが残る古い因習、鶏を絞めた後の宙に舞う羽毛、棄てられた嫁の豚小屋でのセックス‥‥印象的に描かれるこんな土着の暮らしは工業化で大きく揺れる。社会の変化に翻弄され疎外されていく人間の孤独が、この時代のよどんだ空気と徹底したリアリズムで描かれる様はやはり圧巻である。
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