マーチ

生きものの記録のマーチのレビュー・感想・評価

生きものの記録(1955年製作の映画)
3.8
最初は「ブラックコメディかな?」と思いニヤニヤしながら観ていたのですが、次第にシリアスな雰囲気を感じ取り始め、最終的にはリアルな恐怖感から真顔のまま観終えていました。

日本の置かれた現在の状況を考えると、今の時代だからこそ観るべき作品だと思います。


【レビュー】

《畏怖》

突如原爆や水爆への恐れから、日本🇯🇵を離れてブラジル🇧🇷行きを断行しようとする父親。父親は頭がおかしくなってしまったのではないかと思い、家庭裁判所で財産使用の差し止めを求める家族。試行錯誤してブラジル行きの手配を進める父親と、呆れながらも阻止しようと奔走する家族の行く末とは…

大傑作『七人の侍』の次に黒澤明が世に送り出したのがこの作品で、黒澤映画を音楽で支えた早坂文雄氏の遺作でもある。当時全くヒットしなかったらしいけど、さすがは黒澤明監督、クオリティが高く、描かれているテーマに対する彼なりの回答が強烈で、鑑賞後に議論したくなること必至の不穏さを纏ったまま幕を閉じる。「俺が言いたいのはこういうことだ。あとはお前らで考えろ。」とでも言われているかのような気迫を感じる。

今作は監督の原爆や水爆に対する明確な否定の意思表示と共に、それらが地球上にあること自体が異常な事態なのに、楽観的な姿勢のままで平然としている当時の人々に警鐘を鳴らすという意味でブラックな風刺を込めて描いたのだと思われる。劇中セリフ「死ぬのは止むを得ん、だが殺されるのは嫌だ!」からはその傾向が顕著に読み取れ、訴えかけられているようで心に染みる。

「結局のところ地球上に安全な場所など無い」と言われ、ハッとする父親。そう、ブラジルに行こうが行くまいが、原爆や水爆の脅威は変わらない。それらの誤作動や偶然のイタズラで、いつ人類が滅びるか分かったもんじゃない。そんな中で正常でいられる方が異常なのか、異常でいるのが正常なのか、そもそも世界が狂っているのか。そういった脅威が直ぐ側にある今の時代にこそ、この作品は重宝されるべきだろう。フォロワーさんが5人くらいしか観ていないのですが、もっと多くの人が観ておくべき作品のように思います。

『ゴジラ』が公開された次の年にこの作品が世に出たことを考えると、当時の日本は戦後数年経過したことでようやく俯瞰的に原爆や水爆について捉えることができる段階にまで達したんでしょうね。

キューブリックが『博士の異常な愛情』で彼なりの水爆への回答を出したのに対し、黒澤明はこの作品で彼のフィルモグラフィーにおいて反核への最初の答えを示した。どちらも彼等らしさを感じる作品になっているし、似通ったテーマを扱っているのに描き方がここまで違うのは面白い。

巨匠たちがこういった作品を生み出したことで、世界は少しでも変わっただろうか。


【p.s.】
おそらく倍以上の年齢を演じていると思われる三船敏郎の演技が素晴らしすぎて魂消た。初めは彼が演じていることに全く気付かなかったし、あの若さで老いの渋みを出したり、完璧な形態模写をできているあたりが彼はやはり偉大な俳優であることの証明。

志村喬さんが『七人の侍』の関係性を思わせるかの如く、三船敏郎を気にかけて遠くから想いを馳せる姿を演じているのが神々しい。あの二人にスポットライトが当たるのが本当に好き。

あと次男(千秋実)の振る舞いも凄く良かった。「お父さん冗談でしょ?」っていう雰囲気の出し方が絶妙にコントっぽくて印象的でした。


【映画情報】
上映時間:103分
1955年/日本🇯🇵
監督・脚本:黒澤明
脚本:橋本忍
小國英雄
音楽:早坂文雄
出演:三船敏郎
志村喬
千秋実
清水将夫
三好栄子
青山京子
東郷晴子 他
概要:一貫して反戦を訴え続けた黒澤明監
督が、過熱する米ソの核軍備競争や
1954年に起きた“第五福竜丸事件”な
どで話題となった反核の世相に触発
されて原水爆の恐怖を真正面から取
り上げた異色のヒューマンドラマ。
マーチ

マーチ