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キネマの天地のマーチのレビュー・感想・評価

キネマの天地(1986年製作の映画)
4.5
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ジャパン」であり、松竹的「止められるか、俺たちを」であり、「現場はつらいよ」であり、「コハル/スター誕生」でもある、全ての日本映画好きへ捧ぐ作品。

中井貴一と有森也実を中心に、周りを男はつらいよキャストで固めているので、モブ的に登場する下條正巳や佐藤蛾次郎、前田吟や笠智衆に思わず笑ってしまう。吉岡秀隆に至っては役名が“満男”。笑

そんな感じで山田洋次ユニバースとしても楽しめるし、出演者がとんでもなく豪華。脇役まで驚くほど著名な役者が起用されているので、それを観ているだけでも結構面白い。また、有森也実演じる田中小春のモデルが田中絹代だったり、岸部一徳演じる映画監督のモデルが小津安二郎だったりと、日本映画史からの引用も見て取れる作品でありながら、全体的にはある普通の女性が大女優になるまでを描いた寓話的群像劇であるのが特徴。普遍的なサクセスストーリー映画ではあるが、映画内で映画を描いているメタ構造と、滅多に見られない当時の現場の雰囲気を半ば大袈裟に演じさせているので映画好きにとっては他のサクセスストーリーよりも受け取るものが多いと思う。

中井貴一と有森也実が軸になっている割に2人の印象が薄いのは困ったところではあるけれど、2人のエピソードに付随する話がかなり面白いので、観ている間はそんなに気にならない。中でも、脚本部の井戸端会議と渥美清の出演シーンは個人的に大好きだったし、笠智衆が雑用をしているように見えて実は撮影所全体を何年も見続けてきた神様的ポジションとしていざという時に助言を求められる流れも最高。

ベタな話だなとは思いながらも、劣悪な撮影環境や当時の日本映画界の異常な製作スピード、スターシステム、活弁、興行と観客など、批評家の批評がまだ重宝されていた時代の空気感が遺憾なく閉じ込められていた点と、それらを当時の勢いそのままに描き切っているといった点で大好きな作品だった。

泣かせるし、笑わせてくれる、渥美清の偉大さも痛感。
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