回想シーンでご飯3杯いける

ブロークバック・マウンテンの回想シーンでご飯3杯いけるのレビュー・感想・評価

4.2
舞台は'60年代のアメリカ中西部。保守的な価値観が幅を利かせる田舎町。夏限定の牧場の仕事でぎりぎりの生活を営むイニス(ヒース・レジャー)とジャック(ジェイク・ジレンホール)は、この舞台が良く似合う無骨な男として描かれている。

近年のLGBT映画に於いては、ゲイやトランスジェンダーの男を、ある種ファンタジックに美しく描写する事で感情移入を狙う作品も少なくないが(それはLGBTに対する新しい偏見を生む危険性を孕んでいると思う)、本作はそれらと一線を画し、1人の人間として実体感のある男性像を描いている点で非常に好感が持てる。

アメリカらしい大自然や、野生の熊、猛獣に食いちぎられた羊の臓物、いかにも'60年代らしいピックアップトラックも、作品の世界観に生々しい実在性を持ち込んでいるし、脇を固める人物配置、特に2人の伴侶となる女性の描き方も、極端に美しく描き過ぎず、実体感のある女性として人間模様に深みを与えている(服の脱ぎ方がセクシーというよりも生物的な雌をイメージさせるのが凄い)。

まだ同性愛に対する理解が無かった時代の話なので、終始重苦しさと切なさを伴う作品である。イニス役でその苦しみを演じたヒース・レジャーの演技が非常に良い。口数が少なく、暴力的な衝動を内包する一方で、周囲の人間に対する優しさに満ちた愛すべき人物像。しゃがれた声が醸しだす哀愁がいつまでも心に残る。