真田ピロシキ

(500)日のサマーの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

(500)日のサマー(2009年製作の映画)
4.5
映画を見た後、サントラを探しに近くのCDショップまで自転車を走らせたら気分が悪くなりました。今の日本で500日もサマーが続いたら死んでしまいます。早く来い来いオータム。

男女の機微には疎いことこの上ないので分からない部分が多くて、サマーが不実なのかさえ自分には断言出来ない。なのでナレーションの言葉を信じて恋物語としての観点を外して考えてみると通じるものがあった。主人公のトムに感じるのは思い込みの激しさ。運命の愛があると信じて一目でサマーをその相手だと確信し、そのくせエレベーターで「週末は最高だった」と言葉を交わしただけでサマーには脈がないと思い込む。付き合ったらサマー以外の相手はあり得ないと思っているが、そんなはずないことはまだ子供の妹に指摘される。建築家の夢を諦めているのも無理だという決めつけ。作中で描かれているサマーはトム視点で実はかなり疑わしいものじゃないだろうか。世界にフィルターをかけているトムを表してか映像はどことなく昔の映画のようなノスタルジックな味わいで、スプリットスクリーンによる理想と現実の大きすぎるギャップにその思いを強くさせられる。サマーとの恋が終わった時、夢見心地だった映像のトーンは現実味を帯びてトムの痛くも成長した姿が映し出されるのだが、全ては偶然だと学びながらも新しい1日目の始まりに運命じみた意味を持たせるロマンチストさを素敵と思う。つまらない現実主義の冷笑野郎には出来やしない。

アメイジングスパイダーマンに受け継がれたと思しきテイストは随所にあるが、コミックヒーロー映画はやや畑違いと感じた。ミュージックビデオ出身のウェブ監督らしく、音楽の選び方使い方が卓越している。子供時代のトムとサマーを描いたスプリットスクリーンからして込み上げて来るものがある。ミュージカルシーンもあり、音楽映画として眺めても楽しめる作品である。