本作に漂う退廃的、もっと言うと「死の匂い」に心惹かれる。かつてひと夏を過ごした柳川が火事で消失したニュースを聞き、あの夏を回想する。現在の「僕」のナレーションは大林監督自身が務める。
柳川は一見すると非常に美しく趣のある街だ。だが、それとは裏腹に街に住む人間は誰ひとりこの街のこと、この町に住む人のことを良くは言わない。街全体に張り巡らされている水掘りも、勝手に人間の手で拡げられた人工物だと切り捨てる。
そんな人工的な街に、電車に乗った主人公が迷い込む。そして不意に登場する猫に誘われ、引きこもっているヒロインの姉と初めて出くわす。大林宣彦作品には欠かせないキーワードが、本作にも散らばっている。
本作のテーマは「記憶」だと思う。記憶というのは不確かなもので、後日自分の都合のいいように、記憶の中で「物語」を作り変えてしまうものだ。そんな記憶の危うさや揺らぎが、悲劇的な本作を味わい深いものにしている。
愛のこじれによって引き起こされた自殺。本当は誰を愛していたのだろうか。主人公でさえ、そんな自分の本心が、帰りの電車の中でようやく分かるのだから、他人の本意など分かりっこない。
忘れかけていた、あのひと夏の思い出。どこか真相が分からず、心に引っかかっていた過去を振り返り、「物語」をそれこそ物語ることで、乗り越える話なのかなと思う。もうどこにも存在しない、あの街、あの人々、あの思い出を偲んで。