まだ知らぬ者

HANA-BIのまだ知らぬ者のレビュー・感想・評価

HANA-BI(1997年製作の映画)
4.7
主人公の男の背中には、孤独の苦悩が滲み出ている。妻と一心同体の日常。その幸福に満ちたに日常は音を立てて崩れ去る。
最後の銃声は、夫婦が情死したことを意味するものであったと解釈した。妻のために生きてきたと言っても過言でない主人公の日常は、妻の死後、急速に抜け殻なものとなるだろう。妻の亡き後に続く日常は、重い十字架を背負って生きてきた主人公にとってあまりにも堪え難い。加えて、最後に元同僚である刑事に追い詰められることから、生から死への道へと転落する危険を秘めていた。その退っ引きならない状況の中、これまで行ってきた罪を償うために、過酷な生の道を選ぶのが、人生を再出発する唯一の道であった。しかし主人公はその道を選択することなく、自決で自分の人生を締めくくるとは、妻のいない人生には何らの価値も見出せないことの証左であろう。妻のいない人生を生かされるくらいだったら、妻と一緒にあの世へ行きたい。その望みを叶えるために、主人公は緻密に心中の計画を立て、それを遂行した。悲しい結末であるのに、逆説の効用により夫婦の情死がとりわけ美しく見えた。二人のやりとりを呆然と見つめる幼女の存在も、二人の死を美しく彩るためには重要な駒であって、読後感に余韻をもたらすには、最後はあの終わり方でなければならなかったと思っている。誰かの為を想って懸命に生きた男の生き様は、決して間違ったものではない。たとえ周囲の人間から可哀想だと蔑まれることになったとしても。十人十色の読後感を生み出すことを意識した北野武の映画制作との格闘は、感服に値するものである。
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