よしまる

パリの灯は遠くのよしまるのレビュー・感想・評価

パリの灯は遠く(1976年製作の映画)
4.1
 先日「恋」という映画を観てかなり惹き込まれたので、同じジョセフ・ロージー監督作品を初見。

 とにかくアランドロンがただのイケメンスターではなく、超一流のアクターであることを思い知らされる。

 ナチス占領下のパリ。アランドロン演じる美術商・Mr.クライン(これが原題。)の元に、ふと投げ込まれた封書はユダヤ人同盟から送られてきたもの。
女を囲って呑気に暮らしている彼にはどうせなにかの間違いだろうと送り主や警察に届けるも、どうにも不可解な点が多く、調べるほどに自分が何者かになりすまされているのではないかという疑心が湧き上がってくる。

 ヒッチコックの「間違えられた男」のように冤罪を描いているのではなく、目的も理由もわからないまま何者かに間違えられる恐怖。それはいつしか自分のアイデンティティの揺らぎにもつながっていく。

 凛とした佇まい、紳士的な振る舞いから、次第に憔悴していくアランドロン。挙句にうちなる狂気を孕み始め、ラストには衝撃の結末を迎える。その移ろいゆく表情は映画の冒頭と最後ではまるで別人で、ラストショットはエンドロールが終わっても脳裏に焼き付いて離れない。

 内容を書くとネタバレるので、なぜにそのような結末に至るのかを伝えにくいのだけれど…ナチスに蹂躙されたパリの街と、穏やかな日常を破壊されてゆく男の心象風景が重なり、なんとも言えない想いに駆られる。

 それにしてもパリのゆったりとしたくつろぎの時間から、まさかあんなシーンで終わるとは!
 ジャンヌ・モローやジュリエット・ベルトらヌーヴェルヴァーグの女優たちの活躍が今ひとつなのと、サスペンス的には時間がゆっくり過ぎてじれったいところはあれど、深い余韻の残りかたとしては、これまで観た映画でもかなり上位に入る傑作だった。