「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」
聖書をロクに読んだこともない私が引用するのは気が引けますが、そんな私でも何処かで聞いたことのあるエピソード。
『隠された記憶』
この映画をイエスが観たらさぞ困惑するだろう。
それはもう投げる投げる。河原の石が全て無くなってしまうのではないかと思うほどに。
石を投げれば罪が流されると思っているかのように。
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この映画は多重構造になっている。
まず一つは劇中の家族のもとに送られてくる、生活を盗撮されていたVHS。
そしてそれを映画という形で観る私達。
映画とはある意味登場人物の生活を盗み見ているのと同義なのだから。(そしてどちらも恣意的な編集がなされている)
“こんなことをする奴はアイツに違いない”
このVHS、映画こそが“自身の隠された罪”であり“石”なのだ。
眼前に突きつけられ、家族は憤り、石を投げつけた。疚(やま)しさは攻撃的にもなり得る。疚しさは犯人を創りあげるのだ。
そしてハネケは観客に問い掛ける。
手に持つ“疚しさの石”をお前はどうするんだ?と。