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しとやかな獣のSPNminacoのレビュー・感想・評価

しとやかな獣(1962年製作の映画)
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団地のセット、シュールな長い階段!小窓や柵越しから覗き見する見切れた姿は、あたかも団地を人間動物園に見立て、狭い室内で右往左往する小悪人たちを見物するようだ。カメラはあらゆるアングルでその場の関係を切り取る。表が裏、裏が表。忙しなくオセロをひっくり返すゲームと、連動する真夏の空模様。
限定した舞台設定と小道具の活かし方が絶妙だ。戯曲原作なのかな?ペラペラまくし立てる会話の応酬、長い台詞回しがなんとも流暢なリズムで、当時の舞台演劇を観るようだった。でも序盤まったく顔を見せない会計係の若尾文子が、やがてバーンと登場し場をさらうインパクトはさすが映画ならでは。決して弱みを見せず、相手の急所をグサリ突くクールな切れ味たるや。「自分のためでしょ」には溜飲下がるよ。そうして長い階段を上り続ける文子と、下りてゆく男、落ちる男の残酷なすれ違い。
何より面白いのは伊藤雄之助と山岡久乃の夫婦だ。コーヒーや水割り、メロンからキャビアまで次々と出してくる「戦利品」、和服から洋服へ衣装替えのタイミング、淡々と蕎麦を食う4人家族の画!伊藤の鷹揚とした図太さが天晴なほどで笑っちゃうが、常にテキパキ動き回り良妻賢母を演じる久乃がすごく不穏で素晴らしい。だからこそ最後のショットの凄み。やっぱこれぞ映画。
壁に飾ったルノワールの絵が効いてるけど、映画のルノワール監督をちょっと思わせもする庶民の悲喜劇。犠牲を顧みられず見捨てられた戦中派親世代、男社会に抗うシングルマザー、「戦後は若い人に甘い」と言われても所詮は捨て駒の息子と娘。手が届かないはずの富を味わう刹那には、徹底して現実主義な皮肉と風刺と毒がある。嘘や虚飾でも構わない。だってこの国が嘘と虚飾だから。そう、エルヴィスは来やしないのだ。
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