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十九歳の地図のblacknessfallのレビュー・感想・評価

十九歳の地図(1979年製作の映画)
3.4
『ゴッド・スピード・ユー! black emperor』は日本の暴走族の黎明期を記録したとても貴重なドキュメンタリーで内容もおもしろかった。その監督がこのドキュメンタリーに出てた少年(本間優二)を主演に撮った映画なのでいずれ観たいと思ってた。

社会の底辺に押しやられた青年の鬱屈を画いた暗黒青春映画、原作は有名な小説らしいね。

主人公の吉岡は新聞販売所で住込みで働きながら大学受験を目指す苦学生、説明がないけど浪人生と思われる。
ただ、吉岡は本気で大学を目指してるようには見えない、勉強そっちのけで自分の住む町の地図作りに励んでる。地図に書き込まれるのは吉岡が担当する配達先の家々、その家の人間の自分に対する態度を採点して書き込んでいる、憑かれたように、、笑
吉岡はかなり煮詰まった青年。新聞配達員だから無礼な応対や見下した視線を向けられることが多い、煮詰まってても気が優しいので本人達の前で怒りを表すことはない。
心の中で呟く「何丁目の○○、バツ3つ」「~バツ2つ、貧乏人め!」と悪態をつき、部屋に帰るとそれを地図に書き込んでいく、暗い目をして。

こういう暴発寸前の狂気を宿した青年が主人公だから、『タクシードライバー』のトラヴィスみたいなド派手な刃傷沙汰や無差別テロでも起こすのかと思いきや、吉岡がやるのは公衆電話を使ったイタズラ電話、気に入らない配達先の家に悪質な誹謗中傷を捲し立てる、もっと気分が悪い時は鉄道会社に爆破予告の脅迫を笑

いつの時代もこういうヤツはいるんだなと思った。
具体的に吉岡が自身の鬱屈の語ったりしないから、何故彼がこんな風になってしまったかは推測しかできないけど、やっぱり貧しさだと思う。父親が死んで母子家庭だったと語るシーンがある。そのために故郷和歌山から上京し働きながら勉強してる。他の同世代の連中が恋愛をレジャーを満喫してる中で自分は新聞配達と集金で1日が終る。吉岡には友達らしい人もいない、仲がいいのは販売所の同室の30男の紺野ぐらい。

定番だけど孤独と貧しさなんだよな、人を絶望させるのは。この映画に出てくる人は孤独か貧困、またはその両方の人ばかり。
販売所を経営する夫婦も貧しい。この販売所はかなり老朽化しててトイレが頻繁に水漏れして異臭を放っている。この絵面の湿って不潔な質感が『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホの家を思わせる。そんな環境なので夫婦も生活に疲れた顔をしてる。
仲の良い30男の紺野も借金を踏み倒して東京に逃げてきたらしく金は当然ない、しかも困ったことに他の販売員から借金してそれをなんだかんだと理由をつけて返さない笑
この紺野、よくいるダメ男なんだけど、この手の人にありがちな、己のだらしなさからくる他者への優しさもあって憎めない可愛げがある。孤独でコミュ障気味な吉岡の話を聞いてあげたり、女性を紹介しょうとしたり、心根は優しくいい人に見える笑
女子高生の2人組を吉岡のためにナンパするも、見るからに金詰まりのおっさんと不気味なコミュ障青年だから、ケラケラ嗤われ相手にされず撃沈するシーンはコミカルだけど痛々しくて心に刺さった笑
ちなみにこの愛すべきダメ男紺野を蟹江敬三が好演してた。一時期、今で言う"イケオジ"的や感じでナイスミドルのイメージが強かったけど、こんなイケオジとは真逆の役がハマってたんで驚いた。演技うまいのかな、あんま観たことないから分からないけど笑

要するにこれって貧しく孤独な人達、社会の底辺に押しやれた人達の群像劇な側面があって気持ちが重くなる。
舞台は東京の北区なんだけど販売所の近くにスラム街みたいな安普請だらけの一画が出てくる。当然、そこの住人達も貧しげで寂しげな人ばかり。1979年なんだけどこのバラックは実際にある場所だったらしく、写し出された貧しさは誇張ではなくガチだったと知り戦慄した。

79年と言うと、あと10年もしないでバブル景気がくるし高度成長期以降の右肩上がりの真っ最中の時代、そんな時に首都である東京にこういうスラムな場所があったことに驚いた。いつの時代も繁栄から取り残される人達がいると知ってはいても。

もし、これを80年代後半に観てたら何も刺さらなかったと思う。無理矢理社会の残酷さと貧しさを誇張した陰気くさい映画と言って切り捨てた気がする。自分が若くて無知なのもあったけど、何より当時、母子家庭で貧乏だった自分の家もここまで貧しくなかったから、皮膚感覚で自分より下の人がいることにリアリティーを持てなかったと思う。

逆に今はこの映画に強くリアリティーを感じる。日本が貧しくなって貧困に落とされてる人達が可視化されてるから。
ダメ男の紺野が惚れてる足の悪い女性マリア、彼女は紺野と付き合いながらも他の男とも寝て貢がせている。彼女は女性として魅力的なわけじゃないから、紺野と同じような貧乏な男を複数相手にすることでしか生活できないように見える。好きで売春してるようには見えない、自分にはそれしかできないという諦観を感じる。
今、絶対いるよね、こういう境遇に置かれた女性。身体障がい者の兄が知的障がい者の妹に売春させて生活する兄妹の映画『岬の兄妹』がリアルと評価されるのが今の日本の現状だから。
そして、吉岡はみたいに貧困に落とされながら同じ貧困層の人達に憎みをぶつけるヤツはたくさんいる。
吉岡が現代に居ればUber Eatsの配達員をやりながらSNSで貧困層の人を侮辱したり、悪口を書いたり、どこかを脅迫する書込みをしてたと思う。でも、孤独ではなかったと思う、SNSに数多いる同じように鬱屈した連中と負の感情で結ばれて。
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