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幸福のIMAOのレビュー・感想・評価

幸福(1981年製作の映画)
4.0
なんか突然観直したくなりDVDで再鑑賞。僕はこの映画、市川崑の隠れた名作だと思っています。

東京のある町の書店で、ピストルによる殺人事件が起きる。三人の被害者の中には現場に駆けつけた北刑事(永島敏行)の恋人・中井庭子(中原理恵)がいた。北は先輩刑事である村上刑事(水谷豊)野呂刑事(谷啓)と共に捜査に加わることになる。
一方、村上は妻とは別居中で、二人の子供の育児をしながら捜査を進めている。恋人を失った北刑事と共に捜査を進める内に、自らの家庭や妻のことを考える様になってゆく。

市川崑のインタビュー集「完本 市川崑の映画たち」によれば、この映画の企画は、市川崑が男親の物語を描きたいと構想していたものだという。いわゆるシングルファーザーものだが、この当時アメリカで『クレーマー、クレーマー』が先に作られてしまった為、頓挫していた。しかし、そこに当時売れ初めていた水谷豊が、市川崑と映画を撮りたいと別の企画を持ってくる。水谷が持ってきた企画自体は流れたが、市川は持っていた企画で何とか水谷と映画を作りたいと考え、エド・マクベインの『87分署シリーズ』の一作を元に脚本化して、この映画となったそうだ。

この辺りの事情を含んでこの作品を観てみると、確かに全体はサスペンスなのだが、それは単なるジャンルとしてしか機能していない様に見える。サスペンス的な部分はかなり大雑把で、それよりも市川の興味は、水谷豊演じる村上の心情と、その家庭を描くことにあるのがよく分かる。
この映画が面白いと思うのは、普通なら描かれるべき妻の姿が一回も出てこないことだ。村上は残された二人の子供(娘と息子)の育児をしながら捜査をする中で、様々な人間の生活を垣間見る。その中で、彼は自分の態度が如何に妻をないがしろにしていたか?妻の気持ちを判ろうとしていなかったのか、と次第に気づいてゆく。捜査が彼の心情の鏡となっているのだ。誰でも家庭があって仕事があり、また仕事があって家庭がある。そんな当たり前のことが、市川崑流のリズムを持って深刻になりすぎずに描かれている。

思えば市川崑ほど、多くのジャンルを描いた作家も珍しい。元々アニメーション監督だった彼が実写を手がけるようになり、サスペンス、コメディー、ドキュメンタリー、CMとあらゆるジャンルを縦横無尽に走り切った彼の才能は、単なるミーハーと呼ぶにはあまりにも多才すぎた。
あと、やはりこの映画の魅力は水谷豊だと思う。この映画の企画自体が、水谷主導だったことは先にも書いたが、この当時誰にも似ていない役者の一人として台頭してきた彼の才能は、70歳になった今も健在だ。そして1981年というバブル期の中で、次第に変化してゆく現代の家庭のあり方を描いたこの作品は、当時の街並みも生々しく捉えられていて貴重な記録としても興味深く観ることが出来る。その辺りは、ドキュメンタリーも手がけた市川崑の手腕を感じさせる

この映画は権利問題もあって長らく観ることが出来なかったが、2009年にフィルムセンター(現:国立映画アーカイブ)がニュープリントを製作し、その後ソフト化された。典型的な「銀残し」の映画なだけに、一度プリント上映で観てみたい!
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