かず

パリ、テキサスのかずのネタバレレビュー・内容・結末

パリ、テキサス(1984年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

『ベルリン 天使の詩』が良かったので、何気なしにヴィムベンダース監督作品ということで観てみたら、本作で完全にヴェンダース監督にハマってしまった。
エグいくらいに心に突き刺さる。。

全体を通して、撮影とプロダクションデザインが美しい。広大な荒野を1人ポツンと歩くショットや、カラーコーディネートされた美しいショットが多数。
これは機会があれば映画館で観たい。


広大な荒野を放浪する一人の男トラヴィス。途中で倒れて病院のような場所に運ばれ、弟に連絡がいく。トラヴィスは4年前に妻と息子を置いて姿を消しその後行方が知れなかったため、連絡を受けた弟は驚きながらも、兄トラヴィスを迎えにいく。

前半1/3はトラヴィスとその弟が弟の家まで行くロードムービー。
家に着いてから、弟がトラヴィスに4年間何をしていたか尋ねると、トラヴィスは何も覚えていないと言う。さらに、4年間のことだけでなく、自分の親の話など失踪以前の記憶も曖昧だ。
また、トラヴィスは、妻子を置いて失踪した単なるクソ野郎と思いきや、弟の妻の手伝いをしたり人当たりが良かったり、自ら息子の送り迎えをしたりと、普通の優男のようだ。

では何があったのか。

後半2/3以降の妻ジェーンを探す旅の果てに明らかになるのは、他者と真の意味で繋がりを持てないトラヴィスの心の壁の問題だ。

遂にトラヴィスは妻ジェーンの勤め先の店で彼女を発見するも、ナターシャに自分を明かさずにコンタクトを取る。
その後は、トラヴィスとナターシャは会話はするも、ナターシャは話者がトラヴィスと知らず、また2人は空間的に隔てられているか、同じ空間にいても直接視線が交わることはない。

トラヴィスが抱えるこの問題は、後半にマジックミラーで隔てられた部屋で2人が最初に会話する場面でのトラヴィスの行動が全てを物語っている。
妻ナターシャはトラヴィスなら話を聞こうとするが、トラヴィスは何も話そうとせずに部屋を出て行ってしまう。
この場面のジェーンの部屋の色調が赤で統一されていて美しい。

つまり、トラヴィスは他者に対して自分の殻を破れない、自己開示できない人間なのだ。

そのせいで、親しい人ができても、心の壁を取り除けず、他者と本当の意味で繋がることができず、苦しんでいる。その証拠に、部屋を出て行った後は、息子に支えてもらわなければ歩けない程の量の酒を飲む。酒で頭を麻痺させ心の痛みを感じたり考えないようにしている。

トラヴィスは、自分の両親のことを酔って息子に話す。その話に、トラヴィスの抱える問題の原因が垣間見られる。話の概要は以下のようなものだ。
トラヴィスの父は、トラヴィスの母に対して、ある空想に取り憑かれていた。一言で言うと、その空想とは、女性というものに対する幻想だ。自分に都合良く女性を勝手に理想化し、その幻想に囚われていたのだ。

その後、トラヴィスは再びジェーンと話に店に行くが、失踪の理由を話す時、なんとトラヴィスはジェーンに背を向けて話す。
それ程までに、トラヴィスの心の壁は高く、厚いのだ。
トラヴィスはジェーンを精神的に支えることができなかったが、しかし、本当に彼女を愛していた。だが、愛することに疲れ果て、遂にトラヴィスは、その愛から逃げるかのように、失踪してしまった。

思い返すと、いろいろと府に落ちる。
心の傷から自分を守るために、他者を自分に寄せつけないために、自己防衛的に記憶を抑圧しているようだ。
また、トラヴィスが買った土地の写真には、そこには何もない土地が写っているが、それはトラヴィスの心の空虚さを象徴しているようだ。
弟の家で壁の上に置いた靴の隙間を埋めるように並べるのも、心の壁を埋めるように見える。
飛行機の影を見ているのも、飛行機そのものを見ず、その写像(つまり、物事や他者の一側面)しか見ないことの象徴のようだ。

高速道路にかかる道路を1人歩くシーンで、その道路上で見知らぬ男がトラヴィスにこう叫ぶ。「セーフティーゾーンなどない。安楽と信じた地には安楽でないものが待っている。」
トラヴィスにとって、愛するが故に、家庭は安楽の地ではなくなってしまった。

トラヴィスとジェーンは互いを愛している。しかし、トラヴィスは一方的に去ろうとし、またその時にはジェーンの中からトラヴィスは消えており、彼に背を向けて話す。
トラヴィスは一人去っていき、最後に再び家族に戻ることはない。
トラヴィスは最後に満足げに微笑むが、決して悲劇のヒーローでも妻子のために自己犠牲を払ったのでもない。単なる自己満足だ。結局は全て自分のためだ。皮肉にも、トラヴィスが一人駐車場に立つシーンの青赤緑のカラーコントラストが美しい。

安易にハッピーエンドにしない矜持。
辛過ぎるが、これが現実か、、、
かず

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