クシシュトフ・コメダの印象的な物悲しい子守歌のようなテーマ曲に乗せて映し出される、ニューヨークの街並みを俯瞰したオープニング。
この映像と音楽から暗示されるこれからの物語と結末が喜ばしいものである筈がなく、タイトルの可愛らしい印象と物語冒頭のダコタ・アパートメントの噴水の横を歩くミア・ファローの満面の笑みからは想像もつかないこのオカルト色の濃い作品は、監督であるロマン・ポランスキーの人生をも変える逸話を残す曰くつきの作品として、またオカルトブームの先駆けとして語り継がれる名作である。
ホラーとしてのテーマは悪魔崇拝だが、並列に描くのは妊娠期の不安定な情緒と妄想。ローズマリーを演じた主演のミア・ファローの華奢で薄幸、神経症的な雰囲気が本作の真実が前者とも後者とも判断がつかないように観客を振り回す。本作は、妊婦が服用すると子供に奇形の恐れがあったサリドマイド薬害事件や悪魔崇拝、60年代の後半に実際に起きた幾つかの事件等を背景にすることで当時の社会的恐怖を増幅させ、ヒットしたと言われている。
私が恐ろしく感じたのは、中盤以降、ローズマリーが他の病院で自分とお腹の子供が悪魔崇拝者たちに狙われていると相談する場面だった。それまで物語も観客がローズマリーの心情に比較的寄り添うように展開され、散りばめられていた伏線も一つずつ回収し悪魔崇拝の存在に現実味を帯びさせておきながら、彼女が真剣に「悪魔」等の言葉を口にした瞬間に空気が一変した。彼女が熱を帯びて話せば話すほど、これはやはり彼女の妄執ではないかと疑いの目を向けてしまったのだ。不安や焦燥に駆られている時、さも真実味のある話を幾ら論理的に頭で組み立てても、口に出すとこうも突拍子もない物語に聞こえてしまうのかと、度を超えた不安と自らを追い込むだけの焦慮が人間を陥れていく、ある意味滑稽にも映る恐ろしい様子が皮肉たっぷりに描かれている。
また周囲のおせっかいな隣人たちの笑顔が与える不快感といったらもう...、顔を歪めたくなるシーンがひたすら続く。ローズマリーが実際に夢とも現実ともつかない中で悪魔にレイプされるシーンがあるが、隣人たちはその前にも後にも主人公の困惑する表情を無視して部屋に上がり込んだり、穏やかな音楽をつんざく不快な話し声を発したり、まずい肉やムース、薬草を無理やり食べさせたり、ありとあらゆる方法で彼女と、彼女に重なる我々観客をレイプし続ける。主人公が病的にやつれていく中でこのような不躾な共同体に侵されいく様は痛々しく、また不快極まりなく、このような屈折した人間関係の描き方はロマン・ポランスキー監督ならではと言えるのだろう。
そして、物語を全て観終わってからもう一度冒頭のシーンを見直すと、ローズマリーの最後の表情と冒頭のテーマ曲の情緒不安定な子守歌が気持ち悪いほど綺麗に結びつく。お化け屋敷やスプラッターのような即物的な恐怖とは異なり、日常に潜む陰湿な不快感と狂気を漂わせる、やはりこれはオカルト・ホラーの傑作で間違いない。
もう一つ、主演のミア・ファローの服がすごくおしゃれで、色合いもデザインも着こなしも全く古くなく、とにかく可愛い。それだけでも一見の価値がある。