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運動靴と赤い金魚のtakのレビュー・感想・評価

運動靴と赤い金魚(1997年製作の映画)
4.5
世界で高い評価を受けているイラン映画。僕はなんとも不勉強で、イラン映画を観るのは「オリーブの林をぬけて」以来これが2本目だったりする。厳格なイスラム教国であるイランでは大人を主人公とする映画の製作には様々な制約がある。故に子供を扱った映画を表現の場として選ぶ映画人がいるという。本作もそんな一つなのだろう。修理したばかりの妹の靴をなくした少年アリ。家計の状況を考えるあまりに親にも言い出せない。そして1足しかない靴を交互に履いて学校に行く兄妹。そんなとき小学生マラソン大会が催され、3等の賞品は運動靴。アリは妹に靴をあげるために走る。

とにかく観ていて兄妹愛に心洗われる。妹のために懸命になる兄、兄が怒られないようにじっと絶える妹。親に見つからないように筆談する場面が面白い。新しい鉛筆やペンで機嫌をとるダメ兄貴のいじらしさ。妹ジーラがみせる笑顔がいいんだよね。学校で冷やかされはしないかと不安になるところも足下だけでうまく表現している。淀川長治さんは「映画は映像で語るもの」とよく仰っていた。この映画には無駄なナレーションもなければ説明臭い台詞もない。ジーラの靴を履いていた女の子を見つけるところも、その娘の家の状況も、感動的なラストのマラソンも、心温まるラストシーンも、まったく台詞がない。でもしっかり伝わるんだよね。これが映画らしい文法だと思うのだ。

また、描かれる貧富の差はやはり深刻だ。豪華なお屋敷街が出てくる一方でアリ家は数ヶ月家賃を滞納している。住んでいる家も長屋のようなものだろう。マラソン大会の場面でもビデオを持った母親、立派なスポーツウェアを着た男の子たちが出てくる。また男女が別々に学ぶ学校の様子も興味深い。女性の髪や肌、体の線は男性には魅力的すぎるから隠さねばならないのがイスラムの教え。それが徹底されている様子がうかがえる。こうした異国の状況や現実を知ることは僕らの視野を広げてくれる。

マラソン大会で結局1等になってしまうアリ。賞品の運動着をお金に換えて妹に靴を買えばいいだろうに、3等になれなかったことでガッカリするのは、それだけ靴に固執しているからだ。自分は物を粗末してはいないか、そう我が身を振り返ってしまう。1等だったのに言い出せないアリ、結局アリの心と傷ついた足をいやしてくれたのは池の金魚だけだった。帰路につく父親の自転車には真新しい靴が2足。そこまでを無言でみせてしまう演出の巧さ。このラストシーンは忘れられない。
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